夢見るリアリスト

第5章
すべての国が私の恩師
―自分が見える、日本が見える―

パリ―文化は一朝一夕には育たない

 一九九〇年初の海外出張は、なんと優雅に花の都パリから始まった。

 とは言え、スケジュールは言わずと知れた強行軍いつも通り日曜日、午前十一時四十五分にレギュラーの『サンデー・プロジェクト』の画面がCMに切り替わるや否や、「お疲れ様でしたぁ、では行って参りまーす」とあたふたと車に乗り込み、一路成田へ。なにしろ、フライトは午後二時。なかなか大胆な設定だがスーツケースは既にテレビ局のアルバイトのお嬢さんが先発してチェック・インしてくれている。だからこそできる離れ技。

 午後一時二十分過ぎ、空港着。腕時計とにらめっこしながら私を待ち受けていた彼女から、リレーのバトン宜しくチケットとパスポートを受け取り、目を三角にして税関への階段を駆け降りる。この辺りの迫力は、新春駅伝も真っ青といったところ。でもこれなら、時差の関係でその日のうちにパリへ着ける。

 ただそれでもシャンゼリゼをちょっと入ったホテルのベッドにもぐり込めた時には、部屋の時計はもう午前二時を回っていた。

 翌朝、当然日の出とともにロケ開始。とは言えルームサービスのメイドさんが運んでてくれたとびっきりの朝食に、気分は最高!。別段変わったものが出てくるわけじゃない。カフェ・オレとクロワッサン、これだけ。でも、これだけで十二分、むしろ他にあってはならない。コーヒーの苦味、牛乳のコク、パンの香ばしさ。どれもシンプルゆえに材料そのものの持つ粋の旨味が際立ち、しかもそれらのハーモニーの完壁なことと言ったら、筆舌に尽しがたい。たとえ少々人情は薄かろうと、五秒に一度は足元に目を落とさなければ犬の××に靴を汚される緊張感を強いられようと、やはり一口でこれが伝統、これが美意識、これがパリとうならせずにはおかない、その底力。それをこの朝食は、時差ボケも吹き飛ぶ芳しい味と香りで、実にスマートに思い知らせてくれた。

 さてもう一つ、無条件に脱帽させられたものがある。年輩のご婦人のエレガンス、これが見事。しかも年齢を重ねるほどに磨き抜かれてゆく。カフェ・テラスで、ガラス越しに行き交う人を眺めながら一人お茶する老婦人。いかにも上質のウールの黒いコートに、鮮やかなブルーのマフラー。セミロングのプラチナブロンドには黒のつばなし帽をさり気なくかぶり、楚々と気品に溢れている。しかも、どこか少女のように愛らしい。彼女の向こうにはやはり同年輩の買物帰りの二人連れ。一人は緑のコートに、同系色のペイズリーのスカーフをあしらい、もう一人は黒のセーターにベージュのカーディガン。首元には、バロック風に赤と緑のガラスを使ったやや大ぶりのネックレスをしていながら、これがちっとも派手にも嫌みにもならない。この年齢ならではの着こなしと言えるだろう。

 それにしてもどこかの国のデパートの喫茶店でよく見かける、背中をまるめ、股を広げ、大声で喋り合っているご婦人となぜにかくも違うのか。パリの彼女達も、シワは深く、足元だっておぼつかない。それなのに、何かキーンと張りつめたいい意味での緊迫感が感じられる。

 そう思って改めてパリのご婦人を見直すと、確かに姿勢が違う。背筋がスッと伸びている。見られているんだという緊張感、だからそれに耐えうる自分を、常に最も美しく演出しなければという気概が無言のうちにも伝わってくる。そう、彼女達は自信に溢れているのだ。新しいものより、多くの時を重ねたものの方が必ずや素晴らしくなるという自信に包まれている。月日をかけて、無駄なものをじっくりそぎ落としていった末に、エッセンスとして手元に残る美や真実。そのパワーの大きさはカフェや橋や石畳などパリの街並みが常に体現してくれている。だから、彼女達はかくも優雅にそこに佇んでいられるのだ。

 では、そうした街の若者はどうなのか。半日もらえた自由時間に訪ねたオルセー美術館の中で、ウォッチしてみた。平日だったので、館内で擦れ違うパリジェンヌのほとんどは学生だったと思うが、その服装は実に質素かつシンプル。ジーンズにセーター、足元はまず例外なくスニーカーで、これに黒か茶系のコートをはおっている。ただ皆必ず、思い思いのカラフルなマフラーをさり気なく首に一本。これがポイント。

 先ほどのカフェのご婦人達を蝶とすれば、美術館のパリジェンヌはさしずめ青虫。キラキラ見てくれを着飾るより、まだまだ様々な教養を時間の許す限り取り込んで、内面から自分自身を磨いてゆくのが先決と栄養補給に余念がない。

 彼女達と同世代の女の子達がはるばる日本からこの街に乗り込み、この美術館よりはるかに多くの時間を“グッチ”や“ヴィトン”といった高級ブティックで過ごすことを思うと、日本の年輩の婦人が本当に美しくなるのはい。のことやら……と嘆息を。きたくなってしまう。

 そんなことを思いながら館内をそぞろ歩いていると、先生らしき人に引率された小学生たちが二十名ほど、セザンヌの絵の前で地べたに坐り込んでいる。小さな手には、各々画帖と色鉛筆。お絵かきの授業として本物の名画を前に、模写が始まるらしい。

 なんという、贅沢!

 こうした教育を幼い頃から受けて育てば、感性も美意識もそれは自ずと違ってくる。思わずうなってしまうような一杯のカフェ・オレも、うっとりするような正真正銘のレディも、本物の逸品と常に鼻つきあわせて暮らす、そんなパリッ子のライフスタイルがつみ重なってはじめて生み出されたもので、そう一朝一夕に手に入りはしない。

 経済効率一辺倒で、熟成させるためのゆとりなどは、すべて省く方向に血道を上げてきた日本人。このままでは、せっかくこの街を訪れても、ブランド品が何割安いということ以外には何一つ感動できないような欠陥人間しか育ってゆかないのでは。

 古い駅舎をそのまま活かしたこのパリの美術館、そのあえてむき出しにされている鉄骨の時を刻みこんだ姿を見ていると、なにかあの極東の島国に帰るのがひどく億劫になってしまった。