夢見るリアリスト

第1章
真実、伝えたいのはただそれだけ
―マスコミの中、自分を見つめて―

マスコミ嫌いを増やさぬ為に

 テレビ局のスタッフ・ルームに、うず高く積まれた封筒の山。その数の多さもさることながら、一通一通の分厚さに目を見張る。

“アトピー性皮膚炎”の放送に対する視聴者からのお便り。大部分がテレビ朝日経由で、番組内で登場した医者の許に届けられるものだ。

 持ち重りのする一通を読ませてもらう。パンパンに脹らんだ封筒からは、中の便箋がなかなか出せないほどだ。

 切実かつ切迫したわが子の病状とこれまでの闘病記録が綿々と、しかし実に客観的にそして丁寧な筆跡で記されている。なんとか医師に思いを伝え、診察してもらいたい。くっきりと書かれた一文字一文字には、「すがるような」というよりは、「是が非でもこの子を治してみせる」といった母の強い意志が漲っている。こうした同様の手紙を続けて三通も読めば、失礼ながら正直言ってヘトヘトになるほどだ。

 さて、そこでいよいよ本題に入るが、何故こうした手紙をわざわざ番組経由で医師にお渡しするのか? ということだ。

 それは、医師の連絡先を誰かれ構わず問い合わせのあった人々に明かしてしまうと、その人達からの電話応対だけで医師側がパニックとなり、本来の医療行為に支障をきたしてしまうからだ。せめて住所だけでもと、電話口で懇願される方も多いのだが、今の世の中、住所さえわかれば電話番号案内で番号を調べることなど造作もない。決して電話はかけませんからとおっしゃられても、その人は大抵同じような悩みを持っているお母さん方と知りあいだろう、彼女達に住所を教える。するとそのうちの何人かは必ず電話番号を調べてしまうのだ。たかが四、五本とタカをくくって安易に連絡先を教えてしまうと、ネズミ算式にそれは拡がって、取り返しのつかないことになる。

 実際こうした不手際の末、最悪の場合には電話番号を変えざるを得ない状況に取材相手を追い込んでしまった例も、テレビマンなら大概聞かされている話だ。だがこうしたテレビ局側の対応を、どうしても理解して下さらない方もいる。「希望の光がやっと差し込んできたという気持ちにさせておいて、それを把もうとした瞬間目の前でピシャッと窓を閉じられたようだ。連絡先を教えられないなら、放送などするな」とおっしゃるのである。

 一刻を争うお気持ちはわかる。でも私達は連絡をとらせないと言っているのではなく、私達経由で連絡をとることをご了承下さいとお願いしているだけだ。もちろん、冒頭に述べたように、寄せられた手紙は責任をもって各医院へお届けしている。

 そしてできることなら、なぜ私達があの番組を放送したのか、その気持ちも理解していただけないだろうか。名医がいる。それは確かに患者さん達にとって最も大切な情報だ。でも私達が伝えたかったのは、そればかりではない。アトピーという言葉さえ知らない人達に、この病気と闘う親子の感動的なまでに壮絶な日常生活を知らせることで、この病気に苦しむ人々へ少しでもいたわりの気持ちを持ってもらえたら。「わりに合わない仕事だからアトピーに取り組む医師が少ない」とボヤきつつも、ご自身は黙々と一患者二時間もかかる治療を続けておられる医師の姿を追うことで、行政側に何かしらの予算や人員に対する措置を促せたら。そして何よりこの病気が、現代の複合汚染を背景としているだろうことを伝えることで、私達一人一人が被害者であると同時に加害者であることも感じ取ってもらえたら。そんなスタッフの熱意をご理解いただいて、医師の方々も取材を承諾して下さった。実を言えば先生方も、初めのうちはマスコミにさらされることで医療行為が滞ることを懸念なさって、出演をためらってらっしゃったのだ。今回先生達のプライバシーが守られれば、必ずまたマスコミを通して、患者の方々に多くの情報を発して下さるだろう。

「二度とマスコミはご免!」という印象を取材相手に与えないこと。それが取材の鉄則であるし、また何より廻り廻って視聴者の為にもなると私は信じている。