“アトピー性皮膚炎”。乳幼児に主に見られるアレルギー性の皮膚疾患。極度の皮膚の乾燥、汗の排泄障害などを伴う為、強いかゆみを訴え、かいて皮膚炎を起こす。
頭のてっぺんから爪先まで至る所に発症し、重症の場合は髪が抜け落ち、肌は粉がふいたように地割れして脹れ上がり、夜中もかゆみでかきむしり続けるため、全身血だらけとなってしまうこともある。
赤ちゃんの十人に一人が、とついこの間まで言われていたこのアトピーが、いま、急速に十人に二人へと近づきつつあると開いて、取材にあたった。
状況の悪化は、患者数の増加ばかりに留まらない。例えばこれまで、成長とともに症状は薄らぎ自然に治癒するのが定説だったのに、近頃は大人になっても治らない人が増えている。更に、大抵の場合アトピー症状を引き起こす原因(アレルゲン)としては、卵・牛乳・大豆等の代表的な食品やハウスダスト、花粉があげられ、患者はこれらを生活から除いてゆかなければならない。けれど最近はアレルゲンとなる食品が米・麦等の主食にも及び、中には食べられる食品を数え上げた方が早いという子までいる。
番組は、今でこそアレルゲンを除いた食事(除去食)や減感作療法と呼ばれるワクチン治療によってかなり症状が薄らいだ子供達の日常を淡々と追ってゆく。画面を通して見る限り、一般の子供達と何ら変わりなく元気で、可愛らしいアトピー児達。でもそんな何気ない平穏な日々を手に入れる為、子供達とその親御さん達は気の遠くなるような犠牲と負担を余儀なくされている。
米や麦もダメというある少女。一家の主食は、ヒエやコーリャン。母親はカボチャの黄色を活かして、せめてものカレーを作って上げる。肉も卵も油も砂糖も使えない。数少ない食品を何とか目先を変えてと知恵を絞る。料理の手間に加えて重労働なのが、掃除・洗濯。ダニやホコリに弱いわが子の為、カーテンさえも頻繁に洗うので、一か月の水道代は二万円にものぼると言う。父親は、子供が食べられる食品を求めた末、勤めをやめ遂に自然食品店を開いた。
母親がこれは娘の大切なコレクションと言いながら、大きな袋をあける。無数に転げ出すお菓子を模したオモチャ。ハンバーガー、デコレーションケーキ、アイスクリームetc。少女の将来の夢は、ケーキ屋さんになることだと言う。
声高に叫んだり、センセーショナルな映像を使わないかわりに、地道に積み上げた取材の厚みと何より患者の立場に立った温かな眼差で、視聴者に現実を語りかけた作品。手前味噌で恐縮だが、見終わった後、ズシリと重い宿題を心の中に残されながらも、なぜかとても爽やかで優しい気持ちになれるVTRだった。
ところが、この番組にクレームの電話がきた。アトピーの子供達の姿を公の前にさらし、差別しているというのだ。
ある悲惨な現実を世の中に問いかけてゆく場合、私達マスコミは常に二つの問題の板ばさみに直面する。なるたけリアリティのある報道がしたい。かと言って、取材される人のプライバシーを揺るがせにすることも絶対にあってはならない。
同様の相剋に、“アトピー”のディレクター氏も今回随分苛まれた。一人の赤ちゃんの家庭を取材に行ったところ、あまりにも症状がひどくて「患部を映させて下さい」とはとても頼めなかった。結局言い出せないまま帰ろうとしたところお母さんの方から、「(赤ちゃんを)裸にしなくていいんですか?」と聞いて下さったのだ。
その瞬間デイレクター氏は、「よし、やっぱりこの映像をオン・エアしよう」と心に決めたという。
またこの赤ちゃんは、最も重症の時には、顔に青い苔のようなものすら生じていた。その当時の写真も、お母さんがわざわざ後から彼の許へ郵送してくれて初めて放送が可能となったものだ。
単なる興味本位や、まして差別などという気持ちをかけらでも持った人間に、どの母親がわが子の惨めな姿を取材させるだろうか。少なくとも、自分達の心の痛みを分けあえる人間と彼を見込み、ブラウン管を通して彼なら誠実に問題の深刻さを訴えられる、訴えて欲しいと望んだからこそ撮影させてもらえたのだろう。
もし目を覆いたくなるような映像に出会われたら、顔をそむけるその前に、撮る側撮られる側の間にそんなドラマもあったかもしれないことを思い出していただければ幸いだ。