夢見るリアリスト

第5章
すべての国が私の恩師
―自分が見える、日本が見える―

制服を脱いだ解放軍

 その日、ほんのりと雪化粧した天安門広場は、いつにも増して壮厳に静まり返っていた。

 テレビ朝日、『サンデー・プロジェクト』の取材で、一週間ほど中国を訪ねた。テーマは人民解放軍女性兵士の素顔。短い間ではあったが私も体験入隊させてもらい、実弾演習などにも加わった。取材地は、北京から東南に車で三時間、天津郊外にある一九六師団。ここに衛生兵(医師・看護婦)、通信兵あわせて約八十名の女性が人民解放軍兵士として、男性とともに勤務し、また訓練を受けている。

 起床から就寝まで、できる限り密着でと願い出たところ、特に二人の女性を中心に撮影させてもらえることになった。一人は二十六歳で既に幹部生の呼さん、そして新兵の石さん二十一歳。女性兵士という言葉のイメージからアマゾネスのようにいかつい人が登場すると思いきや、どちらも実に楚々として、女らしい。目が合うと必ずニッコリと瞳を輝かせて微笑み返してくれるのだが、その笑顔が実に魅力的で同性でありながら思わずポーッとしてしまうほどだった。勿論、皆が皆花のように……というわけにはゆかないが、ともかく女性兵士は総じて小柄で華奢。というのも人民解放軍の中で女性が任務につくことができる役職は、医療・通信などにかなり限定されていて、機関銃をかついで戦火をかいくぐったり、軍隊の指揮を受け持ったりする部署には女性の姿は見られない。“天の半分を女性が支える国”にしては、結構封建的なんだなぁと、これは意外だった。

 と言うものの女性だからといって特別扱いはされない。六時二十分起床、三十分きっかりには早朝訓練が始まる為、髪の長い女性は皆、その髪をポニーテールにしばったまま眠る。服も着替えない。おなじみのカーキ色の軍服上下を脱ぐだけで、その下のセーターや毛糸のズボンはすべて身につけたまま横になる。蚕棚の二段ベッドにやすみ、部屋には机一つない。だから自習する時には、皆そのベッドをデスクがわりに使用する。

 ただそんな殺伐とした兵舎の中りにも、時折女心が垣間見えることがある。まず彼女達のはいているブーツ。大半がハイヒールだ。身長一六五センチのスラリと柳のようにたおやかな呼さんも、五、六センチのヒールで颯爽と闊歩していた。それから洗顔の時に使う石けん、これが皆、液体洗顔料。たとえタオルは煮しめたように色が変わりボロボロになったものを使ったとしても、ここにはお金をかけたいらしく、各々の人の洗面器の中にはお気入りのブランドのボトルが、鎮座ましましていた。更に、ちょっとお酒落な兵隊さんなら薄化粧くらいはしている。休日を利用して天安門に出かけた石さんも、途中車の中で我々のカメラが向いているのにも気づかず丹念に、ほんのりと赤みのさすリップクリームを塗り直していた。

 制服の一枚下は、はにかみ屋のごく普通の女の子。私が制服を借りたいと言えば、着がえを三人がかりで手伝ってボタンまでとめてくれるし、親しくなるにつれ、腕を組んできたり、手をつないだりしてくれる。そんな彼女達に心を鬼にして、天安門事件について聞いてみた。「人民解放軍は、広場を占拠した一般市民を攻撃したと伝えられているが、あなたはどう思うか?」と。

 一瞬、彼女達の表情から笑顔が消え去る。ただここでひるんではと、自らを鼓舞するような毅然とした態度で彼女達は皆一様にこう応えるのだ。「人民解放軍は、中国国民ととても友好的な関係を保ってきました。その解放軍が人民に向け発砲するわけがない」と。

 とまどいを隠し切れない、でも必死に解放軍と一般市民との親密さを力説する彼女達の真摯な眼差を前に、私は自分の発する質問がひどく虚しく思えてならなかった。

 たとえ天安門が六月四日、赤く染まったとしても、やはりそこには今、また白い雪が降るのだ。いつまでもあの事件に対して徒らに固執することなく、それよりどうすればこの白く穏やかに降り続ける雪が二度と汚されることがないかを、ともに考え援助してゆくことが私達日本人のなすべきことだと、今回の取材を通して強く感じた。