夢見るリアリスト

第2章
キャスター、その不可思議魅力
―虚構と現実に引き裂かれながら―

私の顔がリトマス試験紙

 昭和六十三年の三月に、NHKで『経済でこんばんは』という、四十五分間の特集番組を三夜連続で放送した。メインキャスターは、経済評論家の田中直毅氏。私は、田中氏に質問を向けながら番組を進める司会進行役。

 午後九時四十分からの四十五分間といえば、まさにプライム・タイム。しかも完全生放送であるからして、正直言って二十六歳そこそこの若輩によくぞ切り盛りさせて下さったと、スタッフ側の勇断に感謝の拍手を贈りたい。

 番組内容はというとタイトルの示す通り、経済を少しでも身近に感じ、理解してもらおうというのが狙いで、三夜通してのテーマは“マネー社会がやってきた”。現在、日本人の貯蓄総額は、概算で七〇〇兆円。これを背景に、土地や株をめぐるマネーゲームが生じ、銀行のローン戦争が起きている現状などを伝えながら、これからの高齢化社会を生き抜く為にも、私達は、今、誰しもがこの七〇〇兆円を有効にしかも安全に運用してゆく道を真剣に模索してゆかなければいけない。そのことを、みんなに知って、考えてもらいたい。

「経済なんて小難しい話されるんなら、『ニュースステーション』の久米さん見ようっと…」というごくフッーの感覚を持った人たちにこそ、おもしろく、わかり易く伝えたい。

 ま、だからこそ一般人代表の私が、一つの基準(つまり、畑恵がわかれば、世の中の人もわかる。畑恵がおもしろいと思えば、世の人もおもしろいと思うだろうという基準)として案内役に選ばれたわけだ。だが、こういう硬派のネタを、一般の人の理解と興味に耐えうるようにプレゼンテーションする時の立場というのが難しい。

 何しろ、私だって自慢じゃないが、経済なんてほとんど門外漢も同然だから、現在の経済動向や用語に至るまで、付け焼刃でも一通りの基礎知識をインプットしないでは、なぜそういう現象が起きているのか、何が問題なのか、ならばどうしたらいいのかなど、自分なりの問題意識が生まれてこない。勿論、番組の話の展開も理解できない。

 加えて、本当に実感のこもったメッセージを伝える為には、自分の足で銀行や証券、大蔵省などに行って現場をこの目で確め、担当者の話を聞いたりもする。

 そうした下準備をした上で、番組を進める際には、またもう一度元の門外漢に戻らなければならない。何の専門的予備知識を持たない人が初めてそのシーンを見、その話を聞いて、理解できるか、興味をそそられるか、話の展開に飛躍はないかをチェックする。それが私の役目だ。

 だから、スタッフも、私がわからないと言ったら、決してそのまま話を進めない。納得がゆかず私の顔色がくもっていれば、それが晴れるまで、徹底的に話を詰める。

 畑恵の顔色が、何百、何千万視聴者の顔色。視聴者に伝わらなくして自分たちの番組制作の意義はないという思いで皆の心が一つになっているから、打ち合わせが深夜になろうと誰ももういいじゃないかなどとは言い出さない。

 ただ、田中氏は、なぜ、こんな小娘一人に全スタッフが振り回されているのかと、いぶかしく思ったのだろう。リハーサル中、そっと私の耳元でささやいた。

 「凄いですね、女性アナウンサーの力っていうのは。みんな僕の言うことよりも、あなたの顔色に何倍も気をつかってる……」