外務委員会(平成8年5月16日)

質問テーマ

[女性の人権問題]

質疑要旨

畑 議員

 きょうは、我が国における女性の人権あるいは尊厳に対する認識が、 円満な外交関係にいかに影響を及ぼし、 ある意味で国益を損ねかねない状況を生み出しているか二つの事件をめぐってご質問したい。
 まず一問目は、アメリカの三菱自動車製造が女性従業員へのセクシュアル・ ハラスメントを放置していたとしてアメリカの雇用機会均等委員会(EEOC)から提訴されている事件について伺いたい。 同事件は、人権活動家らが全米各地で三菱自動車の不買運動や同社の販売店に対する抗議行動を呼びかけるなどして、 今やセクシュアル・ハラスメントの問題というよりも、 日米の政財界を巻き込むような大問題に発展していると思われる。 この問題に関して、セクハラの事実関係がどうであるとか、 それに対して会社が妥当な処置をとったのかとらなかったのかということを議論するつもりは全くない。 ただ、これほどまでこの問題が発展した背景として、 端的に言えば日本は女性べっしの国と他国から思われているイメージが巧みに今回の問題と連動され、 そして非常に大きく発展していってしまったという経過があるのではないかと思われる。
 ここに一例として、産経新聞が載せているコメントを読むと、 例えばワシントン・ポストは、「三菱が男性従業員のセクハラに寛容なのは、日本の伝統的男性優越意識がからんでいる」からだ。 また、ニューヨーク・タイムズ誌は「日本の自動車企業にはセクハラはない。 なぜなら女性は働いていないからだ。 女はお茶をいれるなどの補助的な仕事だけで人間扱いされない。 この意識が三菱のセクハラの伏線になったと信じられる」。 タイム誌は「米国人従業員は男性優越主義の日本で研修を受け、性的遊戯を楽しむクラブで毎日のように接待され、 それをそのまま米国に持ち帰った。 彼らは女に何をしてもいいという日本的考え方に自然に染まっていた」ということで、 今、議場からも苦笑が漏れたように、日本人女性の私が読んでも何を一体言っているんだろうと本当に首をかしげたくなるようなことが、 これだけのステータスのある各紙に毎日のように掲載されていた。
 これは、単なる一企業のセクハラ騒動という域を脱しており、 こうした状況に関して外務省の方々がどのように受けとめておられるのか率直なところをお伺いしたい。

池田 外務大臣

 このアメリカ三菱自動車というのは、確かに親会社は日本の企業だが、米国法に基づいて米国で設立された企業であり、 外務省あるいは日本政府としてこれに介入していくという性格のものではないと思っている。
 しかし、いろいろな報道が内外で特にアメリカでなされているのはよく承知している。 また、その中の論評は必ずしも当を得たものではないケースも少なくない。 しかし、そのような報道がなされ、読者あるいは視聴者へどのような影響を与えるか、 またそのことが場合によっては日米の経済関係あるいは関係全般に好ましからざる影響を与える可能性が無いとは言えない。 そのようなことから、我々としても注意深く事態を注視しながら、 好ましからざる影響が起きないように気配り目配りをしていかなければならないという気持ちでいるところである。

畑 議員

 私自身冒頭に申し上げたように、この問題についての実際の訴訟に対して具体的な質問をするつもりは全くなく、 今外務大臣がお答えになったのと同様の趣旨で斎藤邦彦駐米大使がコメントを出されており、そのとおりだと思う。 ただここまで発展してしまった背景は、大統領戦を目前にしたポイント稼ぎ、 日本たたきの標的として三菱というある意味で日本と連動するビッグネームを持ったところが照準を当てられたのだと思うが、 いかんせんこれだけの文章が毎日各紙に踊ると、もうこれは三菱ということに留まらず、 日本という国はこういう国であるというイメージ形成が毎日毎日なされてしまっている。
 今、目配り気配りと言われたが、では実際どのようなことをされるつもりか。 その国のイメージづくりや情報発信ということに関して各国は非常に予算を割き、人員も割き、時間もかけている。 そのような積み重ねがあった末に、たとえ一つの企業が外国で何か問題を起こしたとしても、 それがその後発展してしまうかしないかというのは、日常の積み重ねによってやはり大きく分かれるところだと思う。 そういった意味で今回の問題は非常に示唆に富んだ事件だと理解しているが、これから日本のイメージ形成、情報発信について、 こういう面でより取り組んでいこうというような考えがあれば是非お伺いしたい。

池田 外務大臣

 そういった日本に対するいろいろな印象をどうするかということについて、この問題と直接というか、 かなり強く結びつけていろいろな対応をするというのは効果の面からいって必ずしも適切かどうか疑問があると思う。 即効性はないかもしれないが、やはり我が国の社会のあり方というものを正確に伝え、正確な理解をしてもらう。 また、さらには我が国の社会のありかたそのものもいろいろ考えなくてはならない点もあるかと思う。 外務省としてはいろいろな広報面において、 そういった我が国の文化なり社会なりに対する理解をさらに深めていただくような配慮をしていくことかと思う。 具体的には文化広報の活動強化や、さらに例えば経済面だけでなく、 あるいは政治面だけではなくて社会のありかた等に関する広報についても力を入れていくということも必要かと考える。

畑 議員

 いまのコメントは私にとってやや残念なものなのでさらに踏み込んで申し上げたい。 今回この三菱自動車の問題がここまで大きくなった最も大きな要因は、やはり日本の正しい姿が世界に理解されていなかった、 理解されるための努力が足りなかったということなので、その欠如していた部分を認められた上で反省され、 今後このような形で問題が発展することのないよう何らかの対策をとっていくというコメントを出されて然るべきだと思う。 繰り返しになるが、それぞれ世界的に認知された新聞、雑誌が連日のように掲載した記事であり、もしアメリカが、 またフランスがドイツが、逆に日本でこのような記事を書かれたらどうであろうか。 政府側から抗議があるのではないかとか、反対に日本ではここまでは書けないだろうとかいろいろなことを私は考えた。 恐らく皆様もかなりこれらの記事は読まれていると思うが、何故このようなことを書かれるのだろうか、 書かれないようにするにはどうすればよいのだろうかということはお考えにならなかったか。

池田 外務大臣

 私たちもいろいろな報道を見て、我々としても心しなくてはならないところがあるなという思いがあると同時に、 一方でここは違うな、ここはもう少し正しい姿を理解してもらはなくてはならないなという気持ちも非常に強いものがあった。 しかし、それでは政府としてあるいは外務省として直ちにそれと結びつけて何らかの行動を取ることがいいかどうかというのは、 また少し考えなくてはいけないなということで先ほどのようなご答弁をした。 我々として、従来の広報活動その他において日本の正しい姿について理解を得るという面で足りなかったという認識はあるが、 それについてはきちんとこれから対応しなければならない。 しかし、それは即効性を求めて行なうのではなく、政府としては地道な活動を展開していかなくてはならないと考えている。
 また、私が期待したいのはマスメディアの力で、今回もその影響力の強さを如実に示しており、 逆に日本のマスメディアも日本の正しい姿を世界に理解してもらう為にいろいろな発信をしていただきたい。 今回のように、海外でいろいろ誤ったニュースがあるならそれを輸入し、日本国内でどんどん出すというだけでなく、 日本の実態はこうだよということを海外に向かって発信していただくことも期待したい。

畑 議員

 私自身、決してこの問題と直結させての広報活動を考えているのではない。 連動させると三菱側がデモを動員しセクハラの事実を否定しようとしたことによって、 反対にまた攻撃側の火に油を注ぐようなことになったというような話もあるので、 決して今回の問題に対しての反論を望んでいるのではない。 けれどもやはりここで適切な処置をとらないとこの部分をたたくと日本は弱いということで一つのアキレス腱と見られ、 ある意味で外交上つけ込まれる要因にもなりかねないのではと危惧している。 女性が男性に対してご質問するので、何となくご自身が糾弾されているような形で受け取られると、 私としては大変不本意だが決してそうではなく、日本の国益を守っていくにはどうしたらいいかということを申し上げているわけで、 やはりこういう記事が二度とこのような形で出ない処置を私は具体的にとっていくべきだと考えて本日ご質問させていただいた。 この問題はこれぐらいにとどめたい。
 次に、先日も質問させていただいた従軍慰安婦問題だが、本日はアジア女性基金に問題を絞ってご質問させていただく。 5月2日に呼びかけ人の中心人物である三木睦子さんが辞任された。 これは、先回質問したときに紹介した毎日新聞に掲載された連名の小論文の中で非常に政府に対して不満、 不安感が募ったというような文章があり、そして恐らくその思いが飽和点に達して今回の辞表提出ということになったことと思うが、 外務省としてはこの三木さんの行動をどのように受け止めておられるのか。

池田 外務大臣

 この基金については、積極的に当初から参画された呼びかけ人の方々の中でもいろいろな見方、 いろいろなご意見があり、一つの意見に集約されていたわけではないと承知している。 また、三木さんについても当初からご本人としてのいろいろな思いなりご意見はおありになったかと思うが、 基金のためにさまざまな面でまことに精力的にご尽力いただいたと聞いている。 私としては、三木さんの呼びかけ、その後のご尽力が着実に成果に結びつきつつあるのではないかと思っている。 まだ、決して充分ではないが、これまでの国民各層への呼びかけに応えていただき3億3千万円までの基金も集まり、 これからさらに努力すれば、本当の所期の姿である国民の善意の運動として展開できるのではないかと考えている。 政府としては、今後ともできる限りの協力をこの基金の活動に対して行ない、 また、基金だけでなく事業の方もこの夏位には実行に移すということを考えているので、 国民の皆様方からもまた委員からも温かく見守っていただき、お力添えをいただきたいと考えている。

畑 議員

 やはり認識が非常に大きく隔たっているということを感じる。 基金が効果を及ぼしているというコメントがあったが、及ぼしていないから三木さんはおやめになる決意をされたのだと思うし、 また抗議の意味での辞表提出というのは三木さんだけにとどまらず、何人かの方がそういう考えを持たれていると聞いている。 三木さんが辞表を提出された時の記者会見の中で、「政府は一向に個人賠償の論議を推し進める気配がないばかりか、 (橋本政権になってからは)個人補償はありえないなどと公言している」ということに関して不満を述べられ、 そして「若い首相が政府の主宰者として謝らないというのは予想もしていなかった」と三木さんは述べられている。
 この基金は、例えば女性の名誉と尊厳を脅かす今日的な問題への取り組みを慰安婦問題の償いと同時に事業に入れていて、 国内三団体(性暴力の被害者などを支援している女性三団体『HELP』『みずら』『サーラー』)に援助をしようとしたところ、 援助してくれるのはありがたいが、その背景から受け入れかねると支援を拒否したという経緯もあるので、 私はこの基金が社会的に認知されているとか効果を上げているということからは逆の方向に進んでいるのではないかと思う。 再度お伺いするが、そのあたりをどのようにお考えか。

池田 外務大臣

 さきほども申し上げたが、呼びかけ人の方にもあるいはこの問題を真剣に考えておられる他の立場の方々にも、 いろいろなご意見があるということはよく承知している。 しかし、政府としてはとにかくこの基金の事業を通じ、 この問題に対して所期の目的を達したいと努力しているところなので、 いろいろなご意見をお持ちの方もご自分の意見と100%一致はしなくとも、 この問題への対応という面である程度評価できるのではないかというようにお考えいただけないかと期待している。

畑 議員

 今の100%一致しなくともという部分は、国家賠償をするのか、個人に対して補償をするのか、 国が謝るのかというそういった部分でそれぞれいろいろな考え方があるということを言われているのだと思う。 確かに、それぞれすべてが同じだとは言えないが、少なくともある程度歩み寄れる、 または従軍慰安婦という過酷な運命を強いられた方々に対して少しでもその傷をいやしていただける、 そして私たちが償いたいというその思いを受け止めていただけるという、 そういう次善の策になればという思いでは同じ方向に歩んできた問題だと思う。 ところが、実際にその運命を強いられたご本人たちから、この基金のお金は受け取れない、 それよりもまず国家賠償、国家が私達に謝るべきであるという声が非常に高くあがってしまい、 今や民間の純粋な償いの気持ちまでも拒否されている。
 先ほどからのコメントを伺って、政府の皆さんの思いを疑うわけではないが、 現在アジア女性基金が日本人のお詫びの気持ちを伝えるというそうした行為をしていく団体として各所から認められていない、 むしろ逆の方向に進んでしまっているというのは事実なので、事実は事実としてご認識いただき、 もしそれでもこの基金を通じて何かをしていくのであれば、やはりそれなりの対応をきちんととっていかれるべきだと思う。
 そして、そのきちんとした対応の中におわびの手紙の問題というのがあるが、 最初に三木さんが直訴に行かれたときに橋本総理は非常に冷淡なお答えであり、 全くそういう気持ちがないというようなコメントが三木さんに辞表提出を決意させたと彼女の近くの方からは伺っている。 その後、様々な変遷の中で手紙を書くかどうかはわからないが、 少なくともおわびの気持ちは何かしらで伝えたいということがマスコミで報じられているが、 実際どのような形で、どのようなことをおわびの気持ちとしてお伝えになろうとしているのか、 本当は首相にお聞きすべきことだが、お教えいただきたい。

池田 外務大臣

 その点については、総理自身も予算委員会で答弁されたと思うが、 たしか三木さんとお合いになったときにはそのことは話題にならなかったと答弁されたと思う。 また、この事業を実行に移す際にも、決してお金を差し上げればそれで済むというようなことは毛頭思っておられず、 自分の誠意がきちんと伝わるようなことを、是非行わなくてはならないと考えておられると理解している。 ただ、それを具体的にどういう形のものにするかということは、これから検討し考えていくことだと思う。 いずれにしても、この基金の本来の目的からしても、あのような時代に大変過酷な運命に遭遇され、 大変な苦しみ、そして現在に至るまで心の傷を持たれることを余儀なくされた方々に対する心からの気持ち、 誠意というものを示すということは真剣に考えておられると思う。

畑 議員

 最後にこれだけは申し上げさせていただくが、 従軍慰安婦問題に対する今回の政府及び首相の対応の仕方には恐らく世界が注視していることと思う。 日本が女性の人権や尊厳に対してどのように考えているのか、 先ほどのセクハラの問題とも連動させられ一つにリンクして世界から捉えられる可能性が充分あると思うので、 余りかたくなな態度をとられると、やはり日本は女性をべっしする、 人権軽視の国なのかというようなことをマスコミが書くことも危惧される。 決してそういう状況にならないように、本当の国益とは何かを十分考えられて誠意ある態度を示していただきたい。