畑恵さんと時代の風を起こす会(平成11年10月25日)

テーマ

日本経済再生のシナリオ

講師

慶應義塾大学教授 竹中平蔵 先生

竹中先生

 今、日本経済は大変な局面を迎えています。皆さん、これから私がお話することを、 ぜひ、批判的に聴いてください。私は、ここで問題提起したいと思います。
ぜひ、分かって頂きたいのは、 今、日本の経済は大きなチャンスを迎えたということです。 このチャンスを後押しするのに、政府も企業も個人も、 がんばらなくてはいけない局面なのです。先週、私はシンガポールに行っていました。 そこでは、ワールド・エコノミー・フォーラムの東アジア経済サミットというのが開かれていて、 各国のエコノミストや政策担当者が多数参加して、 日本からも経済企画庁長官の堺屋太一さんが行って話をして、 私は、その企業部門で何が起こっているのか話をしたのですが、 今、本当に今まで考えられなかったことが日本で起こってきたということを、 世界が目を丸くして注目しています。ご承知の通り、 数ヶ月前に、第一勧銀・富士・興銀による140兆円にものぼる大型合併の話がでてきたこと、 1週間前には、さくら銀行と住友銀行という、 三井と住友という派閥を超えた合併によって世界第2位の銀行を作るという話がでてきたことに、 私は久々に日本の産業人の志を感じました。このままではいけない、 リスクを背負ってでも一歩二歩前に進まなければいけない、 そういう決意を感じさせるような動き出てきました。また、日産自動車の中にも、 遅すぎたかもしれないけどはっきりとした動きが出てきた、 これは評価すべきなのではないでしょうか。 考えてみると、我々は今、2001年という特定の年に向けて、 今まで積み上げてきた問題を一気に解決しなければならない、 その真っ只中にいるのだということなのです。
2001年というのは、大変な年になります。 日本の仕組みを一気に変化させる年になると考えられます。第1の変化。 銀行のペイオフが始まります。 今、皆さん銀行に貯金をしていてもしその銀行が破綻したらどうしますか?…銀行に並びますか?そんなことする必要はありません。 日本は、預金を100%政府が保証するという、 世界でも類をみない特異な状況におかれています。 そのために去年の秋に60兆円の公的資金投入を我々は決めているのです。 しかし、2001年4月から、ルールが変わります。1千万円までの預金については、 預金保険という機構に守られますが、それ以上の預金については、 自己責任が問われるのです。そんな銀行を選んだ預金者が悪いということになります。 日本の消費者も企業も賢いですから、 おそらく、今までのように、「この銀行の自己資金は低すぎる」「この銀行は危ない」 などということが実名入りで「東洋経済」や「エコノミスト」 に載るようなことになれば、何が起こるでしょうか? これは、まちがいなく、資金の移動が起きます。2001年4月の半年ぐらい前から、 猛烈な資金の移動が起きるでしょう。こうなると、本当にパニックになりかねない。 それが見えているから、この半年間、銀行は必死で変わりました。
実は、経済戦略会議の一番初めのときに、この話を私がしたところ、 同じメンバーのトヨタ自動車の奥田社長(現会長)が、 次にように助け船を出して下さいました。 「2001年4月までにトヨタ自動車はどこの銀行から、どこの銀行に資金を移動するか、 全部計画を終えました」とおっしゃったのです。さすがトヨタだなぁと思いましたが、 正直、背筋が寒くなりました。やはり、こうした動きが銀行には見えてきた、だから、 このような今までになかった動きが生じてきたと言えるのではないでしょうか。

2001年に起こる2つ目の変化は、 正確に言うと2000年から2001年にかけて随時実行されていくのですが、 「国際会計基準」というのが適用されるようになります。 実は、この国際会計基準の議論というのは1970年代から始まっていて、 日本も公認会計士連盟の専門家が参加していたのですが、 1994年からアメリカがこれに深く介入してきて、突如、 これは各国間の申し合わせということになりました。 これは、今年の4月からは実は国際会計基準の適用が始まっているのですが、 日本の大企業にとっては2000年から2001年にかけて、2つの重要な変化が起こります。 第1は、「連結財務諸表」というのが義務づけられます。 つまり、親会社と子会社一緒になったバランスシートをつくるのです。 第2は、「時価主義会計」が求められる。今、日本の会社で帳簿をつけるときは、 いわゆる帳簿価格(簿価)でつけていて、 買って取得したときの原価で資産の価格を計上しているのがほとんどでしょう。 しかし、それが時価、その時々のマーケット価格になるのです。 例をあげると、ある破綻した銀行は、本当に次のようなことをしていました。 もはや1億円の価値しかない資産を、50億円で子会社に売ったことにしたのです。 そうすることによって、親会社のバランスシートはきれいなままでいられました。 しかし、親会社・子会社連結で時価主義で評価した場合、 このような含み損の先送りは世に明白となるということです。 こんどこそ、過剰設備や不良債権を放っておくことができないことが、 銀行だけでなく日本の多くの大企業にプレッシャーとしてはたらいてきた、 これが、最近の変化につながってきているのだと思います。

2001年の3つ目の変化。2001年4月には、中央省庁が再編されるのです。 22あった中央省庁が13になる。これは、数そのものは問題ではありませんが、 新たに設置法が変わって、 総理の権限を強化するための内閣官房の組織や内閣府の組織がつくられて、 今までの自由裁量ではなくルールにもとづく行政にならざるをえない。 こうなると、今まで一部の業界に見られたような、 監督省庁と業界との癒着というのが許されなくなり、 本当の意味で、厳しいマーケットにさらされるようになります。

これらの、ペイオフ、国際会計基準、そして中央省庁の再編は、全て2001年なのです。 そのために、今、猛烈なリストラが始まったと考えるべきではないでしょうか。 これは、まちがいなくチャンスです。この時期を乗り越えたら、 私は、日本経済はまちがいなく2%以上の高い経済成長を遂げられると思います。 2%成長というのは、すばらしい数字です。 なぜなら、2%のまま毎年成長していったとしたら、 35年後には私たち日本人の所得を2倍にすることが出来るのです。 生活水準を2倍にすることが出来ます。なぜなら、毎年2%ずつ増えるということは、 毎年1.02倍になるということですが、1.02の35乗は2です。 実は、この2%という数字は、まさに20世紀のアメリカ経済の、 大恐慌が終わってからクリントン登場までの成長の数値なのです。 我々は、20世紀のアメリカが示したような発展を、 今後遂げることが出来るということ、そのためにも、 この2年間は大変な年になるということでもあります。 つまり、不良債権は償却しなければならない、過剰な設備も廃棄して、 過剰な雇用も場合によってははきださなければならない、…と、 これら全てデフレ圧力がかかってきます。企業は、設備投資は増やせないし、 賃金を上げられないため消費もなかなか増えない。 その意味では、今、景気はずっと良くなりましたが、 このまま一本調子で景気が良くなるとは逆に考えないほうが良い。 しかし、このチャンスを我々が乗り切れば、その先にあるのは、 かなり明るい日本経済の姿だと思います。 そのために、このチャンスを一気にひと押しもふた押しもするためには、 政府の政策、企業の決断、個人の決意と計画が必要です。 政策に関しては、畑先生や船田先生など、 本当に日本の21世紀を考えている若い先生方に今以上にがんばっていただかなければならない局面になっています。

 それでは、いったい、何が今必要なのでしょうか? まず、我々は、守りから攻めに転じる段階を迎えています。 守りとは、21世紀に向けて、バブルのつけを一気に清算することです。 しかし、21世紀の成長産業に向けて、自分たちの能力を貪欲に伸ばしていく、 これが攻めの部分です。今日、お集まりの皆さんは、 通信情報革命については非常に多くの見識をお持ちだと思います。 しかし、改めて、今、この21世紀に向けての、「IT革命」について、 もう一度原点に戻って考え直そうという問題提起を是非させていただきたいと思います。

皆さん、意外と思われるかもしれませんが、あのIT先進国アメリカにおいてさえ、 ITというものが本当に経済をとてつもなく変化させていると認識されるようになったのはせいぜいここ2・3年のことだと思います。 インターネットというのがすごいとはいわれていても、 インターネットが実際にどれだけ経済を押し上げているのかということをデータとして確認できるようになったのは、 せいぜい2年前のことだと思います。 このころ、多くのデータが一気に明らかになるのですが、 面白いことに、この1997年頃から、アメリカの株価は一段と上がっていきます。 90年代に入ってから、アメリカの株価はずっと上がってきましたが、それでも、 1996年の末には6,000ドル台だったのです。それが、1997年に入って、 急激に上がって12,000ドル台に到達する。(今、少し、揺らぎ始めていますけど…) それで、アメリカの商務省はいち早く反応しました。 「これから毎年、国民に対して、このIT革命と経済がどのように関わっているか報告を出していく」 と宣言しました。97年には第1回の、今年の6月には第2回の「デジタル・エコノミー2」 という報告書が出ました。 やはり、これを見るとIT革命の威力というのを改めて感じます。 あのアメリカ経済が今、3%近い数字で成長していますが、 このうちIT産業によって直接もたらされた部分は掲載成長のなんと35%もあります。 その上、間接効果まで入れると、この成長の半分3分の2は、 ITから生まれていると考えられます。また、2006年の時点で、 アメリカの労働者のうちの50%以上がこのIT産業で働いて給与を得ているか、 ないしは、ITの ヘビー・ユーザー(インターネットを使って仕事をしている) になっている。つまり、5・6年もすると、 普通の労働者でいようと思ったらITを具備していなければいけないということです。 そういう状況が、まちがいなくくるということです。
実は、「インターネットはすごい」という話は数多くあるのですか、 「このIT革命の本質とはなんであるか」という、 若干、哲学的な問いかけは意外とありません。私は哲学者ではありませんが、 このIT革命の本質というのを次のように理解しています。良く分かる例をあげます。 フィンランドには、ノキアという、世界的に有名な通信情報機器の会社があります。 フィンランドの空港にはコーラの自動販売機があります。 私がコーラを買おうとしたところ、横からフィンランドの人がきて、 ノキアの携帯電話をとりだして、ボタンを3つ4つ押したら、 そこにコーラがストンと落ちできたのです。 これが、通信情報の本質を最も良くあらわしていると私は思います。 これは、どこかにコーラの販売無線基地があって、 この携帯電話でそこに信号を送っているのです。それで、無線基地から司令がきて、 コーラが落ちる。そのコーラ代金はどこかに登録されて、銀行から引き落とされる。 通信料金が安くて、かつ、ノキアが機器を安く開発すればできる。 なぜ、これが本質かというと、我々は、毎日の生活で、 小さな取引(トランザクション)を積み重ねています。この場合、 いつかどこかで銀行に行かねばなりません。 引き落としたお金をコインに換えるという取引もします。 このコインを自動販売機に入れるという取引もしています。 最低限、3つの取引をしなければなりません。 その3つの取引がボタンひとつでできるということなのです。私が言いたいのは、 情報革命とは、 この取引コストを限りなくゼロに近づける革命であると言えるのではないでしょうか。 私はこれまで年一度はハーバード大学に行って、アポイントをとって、 様々な知的刺激を受けて、それを自分の研究の糧にしていました。 これには,大変なトランザクションが必要です。遠い成田に行って、 高い賃金を払って飛行機に乗って,むこうでホテルをとって、アポイントをとって、 タクシーに乗って…。ものすごい、取引の積み重ねです。 しかし今、これを学生に「ちょっと、やっておいてくれ」というだけで、 インターネットのハーバードの検索ネットに入って、ピピピッで終わる訳です。
これは、経済活動に関わっている全員に、大変なチャンスがあるということです。 今日、ここに集まっている方たちの中には、 インターネットが重要だと思っているけど、 これは若い人たちに任せておけば良いと思っている方もいるかもしれませんが、 皆さんご自身で確かめて、 自分の取引のどこのトランザクションの取引コストをゼロにする可能性があるか考えていただきたいと思います。 インターネットだけではありません。 それに関連して、取引コストをゼロにするという発想で考えると、 様々なチャンスが広がってきます。
そのチャンスを活かして、次のようなことを考えた若いベンチャーがいました。 今、学生が洋書を買うとき、もう丸善や紀伊国屋に行くことはありません。 彼らは、アマゾン・ドットコムという世界的なネットでピピピッで買います。 この学生は、それに関連して次のことを考えた。本は宅急便で届く。 今の気の利いたマンションは、宅配ボックスがついているものですが (これもトランザクションの取引コストをゼロに近づける方法です)、 彼のマンションにはついていない。 彼は、アメリカのビデオに出ている「ホームドクター」というのを参考にして、 「ホームコンビニ」というものを考えました。日本中にコンビニはあり、 24時間開いている。届けものは自分が決めたホームコンビニに届けてもらい、 自分が好きな時間にピックアップする。実は、これを実行しようとしたところ、 取次店からクレームがきてコンビニは一度は延期しましたが、すぐに始めました。 ここまで、ビジネスチャンスが大変な勢いで広がっている中では、 ローカルなルールにかまっていられなくなっているのです。このようなチャンスを、 皆さんにぜひ活かしていただきたいと思います。
私の同僚で、慶応大学の村井純さんという、 コンピューター・サイエンティストがいます。 彼は、日本にインターネットを持ち込んだ張本人、ミスター・インターネットです。 私は、彼から、大変おもしろい指摘を受けました。 「日本はインターネット大国になれる」というのです。なぜなのか? インターネットというのは実は、それほど複雑な仕組みではありません。 一言で言えば、端末機が世界中でつながっているだけです。 それを、国際的な共通番号「インターナショナル・プロトコール」 というので呼び出し合っているだけです。そこで、端末機をつくる技術において、 日本は世界で一番ではありませんか。 だから、我々が積極的なユーザーになって知恵をしぼって、 電気機器メーカーにはたらきかければ、日本はインターネット大国になれる。 これは、非常に説得力のある、専門家の示唆ではないでしょうか。
インターネットについて、まず、キーボードと打てない云々問題視されますが、 これは慣れの問題です。たとえば、慶応大学藤沢キャンパスの学生たちですが、 彼らは入学したとたん24時間インターネット使い放題になります。彼らはしたがって、 何でもインターネットでやります。 我々は、学生時代、悩ましい故意の悩みなどは電話でやったものですが、 今彼らは、電話ではなくキーボードでやるのです。 それで、微妙な心のひだが伝わるのかと思いきや、 彼らはデートに誘うのも必ずEメールだそうです。その方が誘いやすいそうです。 要するに、これは慣れの問題でチャレンジの問題なのではないでしょうか。
今、大変なチャンスがあると先ほどから申し上げていますが、 たとえば、株式会社ソフトバンクの孫さんの株式時価総額は、 新日鉄のそれとほぼ同じなのです。日によっては、上まわってさえいます。 営々130年やってきた日本の超名門企業と、 42才の日本の青年実業家が築いた企業が同じ価値を持つようになってきた。 それだけのチャンスの時代なのです。

ここで、ぜひ問題提起させていただきたい点は、 我々が今まで規制緩和を訴えてきたことです。 健全な競争社会をつくる必要があるということを、 経済戦略会議の中でも唱えてきました。 私は、これはまちがいなく必要なことだと思います。 なぜなら、我々は先進国だからです。先進国には逃れられない宿命があると思います。 それは、日本人よりも、 安く長く働いて日本に追いつきたいと思っているひとが地球上で50数億人もいるのです。 我々は、毎日そういう人たちから追い上げられている。 日々、強く賢くなっていかないと、我々はこの生活水準を維持できないのです。 それが、先進国の宿命です。
では、強くなるにはどうしたらよいのか。競争力を高める唯一の方法は 「競争すること」です。自動車・半導体はなぜ勝ったのか? 競争したからです。 残念ながら、一部の保護されてきた業界はいつまでたってもダメなのです。

競争、インターネット社会、通信情報革命…皆さん、 ある意味で総論として納得していただけるかもしれませんが、 日本人としては心のどこかでひとつのわだかまりがあると思います。 それは、この中流社会が維持できなくなるのではないかという懸念です。 私は団塊の世代なのですが、実を言うと、今の学生たちはむしろはるかに保守的です。 しかし、最近の経済学者たちの研究では、 「我々の描いていたような平等な日本社会というのは現実にはもうなくなっている」 というのが現実です。所得の差が、アメリカほどではないにしても、 もう日本もついてしまっているのです。 所得配分の平等・不平等を比べるのによくジニ係数というのを使いますが、 これで国際比較すると、日本は80年代0.3だったものが、10年で0.4に上がっています。 この数値は、アメリカとほぼ同じ水準です。所得を1から10までの段階に分けて、 その1と9の比率をとってみると、日本は、アメリカ・イギリスよりは少し平等で、 ドイツ・イタリアよりはもう不平等です。控えめに言っても、 日本はもう普通の国なのだと言えるのではないでしょうか。 たとえば、生涯所得。20・30代の若い人たちには、消費格差は意外とありませんが、 42才を過ぎた頃から日本人の消費格差は一気についてきているのです。 42才というのは、大学を出て20年、このころに、 自分はファーストクラスかエコノミークラスか、ディスカウントクラスか、 はっきりとみえてくるようです。 そこで、このファーストクラスだと思っている人たちが意外と日本に出てきているのです。 これは、ビジネスチャンスなのですが、小金を持っている人たちにとって、 この国は意外と使い道がありません。 だから、超豪華旅館や豪華客船が1年中満員なのです。 社会そのものがあまりに不平等になるのは問題で、 ぜひ措置はどこかで取らねばなりませんが、 努力した者が、リスクを恐れずにやってみることができる、誰もが情報にふれられる社会の仕組みを整えねばなりません。 一度失敗しても、また挑戦して敗者復活ができる新しいセイフティネットの構築が重要になってきているのです。

今がビジネスチャンスということでもう一つ。 今の日本は、1920年代の経済状況と似ているのです。 というのは、1910年代に第一次世界大戦がありました。 この戦争は日本にとって結果的に都合の良い戦争でした。 主として戦場はヨーロッパで、日本は無傷でした。 だから、日本経済は一気に戦争景気で上昇しました。 その反動で1920年代わるくなった。 バブルの反動でわるくなった今とその点で似ているのですが、 当時、四つの新しい動きがでてきます。 この動きが、実は、今の日本に重要な示唆を与えるのです。
第一の点。当時、工場は動力に蒸気を使っていました。 それが、電力に代わっていったのが1920年代でした。 日本の電力会社の基礎はそのころ固まりました。規模が拡大すればするほど、 平均コストが下がってくるという意味で、規模の経済性もはたらきました。 電力という技術の進歩は、結果的に日本の経済を著しく高めました。
第ニの点。この時期に海外の技術や資本を積極的に取り入れて、 産業の基礎を築きました。 1920年代に、フォードとGMが日本でノックダウン生産を始めました。 当時、トヨタは車でなく織機をつくっていました。 しかし、この技術が車に結びつくのが1920年代でした。 芝浦の電気機器メーカーにGEの技術が入ってくる、これが東芝の始まりでした。 日立が今の形になったのも、1920年、松下は1918年です。 考えてみれば、今の日本をしょって立つ企業が、この時期に生まれているのです。
第三の点。新しい雇用慣行が生まれました。 日本型終身雇用が出てきたのは1920年代で、 これが本当に普及したのはむしろ戦後なのです。 日本のこの雇用慣行は意外と新しい仕組みです。よって、経済環境が変われば、 雇用環境も変わるものだと言えるのです。
第四の点。1923年に関東大震災が起きました。東京は焼け野原になりましたが、 当時の後藤晋平市長は天才なみの能力を発揮して、 すばらしい都市計画をつくりました。今の昭和通りも、靖国通りも、 東京の大通りは全てこの1920年代に後藤晋平の都市計画によってつくられました。 それ以後、逆に東京は進歩していません。都市というのは産業の基盤です。 これに続いて、大阪、名古屋でも都市がつくられました。 これらの都市が1920年代の経済を支えるようになったのです。
以上四つあげましたが、第一の技術進歩はまさにIT革命です。第ニの技術導入は、 まさに今、金融部門でやっていることです。 第三の雇用慣行、今これを流動させようとしています。 第四の都市の活性化については、まだ課題が残っていますが、 しかし、やはり、我々はまちがいなくチャンスを待っているということだと思います。 そういう意味で、我々は新しいステップにいるのです。

最後に我々の新しいステップを踏み出すには、 新しい人材を登用しなければなりません。皆さんの会社の中で、 少し変わっているけれどもこの仕事はできるという人を、今までの横並びを忘れて、 積極的に登用していただきたい。ひとつの変わった会社があったとして、 社会的に認知していくという姿勢が必要なのではないのでしょうか。

また最後に、日本の横並びを揶揄した小話をひとつ。タイタニック号の話です。 船が沈むときに、女性と子供を先にボートに乗せることになりました。 男にとってこれは死なねばならないということです。 この男たちを説得するために船長が出てきて言いました。 イギリス人の男たちに対して、「君たちはジェントルマンだ」と。 イギリス人は納得しました。アメリカ人の男たちに対して、「君たちはヒーローだ」 と。アメリカ人は納得しました。ドイツ人の男たちに対して、 「これはルールだから守ってください」と。 ドイツ人は納得しました。最後に日本人の男たちには、「みんなやっているのだから、 あなたもそうしてください」と…。 我々の横並び意識を表すこのようなマインドセットの変革が必要なのかもしれません。