勉強会 vol. 4(平成9年1月20日)

テーマ

国際競争時代を迎えた高度情報通信社会の発展に向けて

講師

慶應義塾大学教授 村井 純先生

 第四回勉強会は1月20日正午から「平河町マツヤサロン」にて 日本の“インターネットの生みの親” と言われる慶應義塾大学の村井 純先生を講師にお迎えして行われました。 当日は晴天ながら冷たい風の吹く中、 100名近いたいへん多くの方々にお集まり頂きました。

 村井先生は、インターネットとは何か、 そして次世代の情報インフラストラクチャー構築へのビジョン、 その為に必要な政治的リーダーシップについてお話し下さいました。 先生はご自分のパソコンから直接プロジェクターに図やレジュメを投影されて、 たいへん分かりやすく説明して下さいました。お集まりいただいた方々は、 ご自分の専門分野である無しに拘わらず、 皆様熱心に話に耳を傾けていらっしゃいました。

村井先生講演要旨

 インターネットが次世代の通信手段として注目されるようになったのは アメリカでクリントン政権が生まれ、 NII(注1)という政策が打ち出されてからです。 ただ高度情報インフラストラクチャーというのは、 何もインターネットでなければならないことはありません。 インターネットの役割とは、「高度情報インフラストラクチャーを構築していく上で、 色々な意味でのプロトタイプである」というところにあります。

人間に貢献する情報インフラストラクチャーを作るために

 現在、課題としては幾つかのポイントがあります。一つには「社会の準備不足」。 まず情報通信には、物理的なインフラが必要になります。 ただし情報のインフラというのは単に光ファイバーの網をめぐらせればいいのではなく、 それぞれ使っている人が恩恵を受けられるようにそれを導いて行く体制が重要です。 物理的インフラだけではモデルやビジョンが明確になりませんし、 どうしても作る側でのロジックで作られますので、 作る側と使う側にギャップが生じることがあります。両者の間にギャップがあると、 結局役に役に立つインフラにはなりません。 使う側の社会の要求と作る側の作業がオーバーラップしているということが大切です。

 そして二番目の問題として、「エンジニアの不足」。 情報インフラストラクチャーが普通の科学あるいは技術と違うのは、 社会が実際にそれを利用して動き、 人間がそれらの恩恵を受けて行くことが必要だということです。 そうだとすれば、これはいつも安定して動き続けなければなりません。 何かが起こった時にそれに対応できるだけの体制というのを作っていかなければならないわけです。 しかし、現在需要が爆発的に伸びているので、十分な対応ができていません。 今度NTTがOCN(注2)というサービスを始めました。 OCNとは日本中の電話局で移転サービスプロバイダーが出来るようにしようというようなサービスです。 しかし実際エンジニアは少なく、マン・パワーは不足しています。 さらに危機感が持たれているのは、そこで使われた装置のほとんどが、 アメリカ製の装置だったということです。 ご存じのように今までのNTT産業というのは、 交換機は全て日本の主要なメーカーからの納品物でできており、 これがこの分野において経済の大きなドライブをしていました。 しかしこの例から日本のエンジニアはポテンシャルには大変強い力を持っているにも拘わらず、 「今、この分野がターゲットだ」という意識は持っていないということがわかります。

 そうした問題の解決は、指針を示す側のリーダーシップに依存すると思います。 これは三つ目の問題の「ゴールとモデルが明確になっていない」 ということに強く関係します。我が国にはゴールとかモデル、例えば、 アメリカのNIIに相当するものがあるでしょうか。 本来、取り組むべき課題がはっきりしてきて初めて、その為に行政がどう関わり、 民間がマーケットを構築し、 どういうビジネスを展開していけばいいのかということが定義されてくると思うのですが、 日本の場合このあたりが全く明確になっていません。

次世代のインターネットとリーダーシップ

 これから私達は経験を蓄積して新しい社会基盤を確立し、 そして教育文化も創っていかなければならないでしょう。 次世代のインターネットのプロトコール開発において、 五つ行われた内の三つは日本で開発されてます。 また次世代のインターネットのプロトタイプは日本にしかありません。 我々がインターネットに関わる作業をやっていると、 「どうせアメリカの技術でしょ」と何度も言われてしまいますが、 これは事実ではありません。これからは日本人の自負を持って、 次世代のインターネットに関するリーダーシップをとるべきです。

 さて、私は次世代のインターネットを「ユービキタス(ubiquitous)な、 つまり誰もがどこにいても、その恩恵を受けられるような仕組みとして作る」 ということを前提に設計してきました。 こうした構想を社会で実現するためには民間の自由競争の中でやらなければ、 時間的な問題として無理ではないかと思います。またデジタルテクノロジーにおいては、 新しい技術を柔らかく受け入れることが必要です。 「実験かな、プロトタイプかな」と思っていたら、 次の世代に移っていくという“挑戦と発展”が続いていくのです。 ですから「万全を期して、きちんとしたものを作ろう」と言っていては遅いわけです。

 今日は私の思い描くゴールをラフな形でお話ししましたが、先程申した通り、 ラフ・コンセンサスというのはインターネットの大変重要なキーワードです。 そして、ラフな故に強力なリーダーシップが必要になるわけです。 これから多くのことで色々な方面の方々に相談したく思いますので、 宜しくお願いいたします。本日はありがとうございました。


(注1) NII【National Information Infrastructure】 全米情報基盤。
1993年9月15日、クリントン政権が発表した高度情報通信ネットワーク構想。高速デジタル通信網の整備によって、米国の競争力向上、経済発展を目指す。

(注2) OCN【Open Computer Network】 NTTの新サービス。
インターネットとLANをつなぐ低料金のネットワーク。常時(24時間)接続をこれまでにない低料金で可能にした。