情報セキュリテイ政策研究会 第二回(1998年3月4日)

講師

元内閣広報官 宮脇磊介先生

演題

冷戦後の情報革命下における情報戦略

時代の急速な変化とリーダー層の陳腐化現象

 現在、時代は急速に変化している。そのため、本来リーダーであるべき人達が、 時代の変化について行けず、リーダーシップを発揮できない状態となっている。 特に科学技術の面においては、リーダー層と若い人達の間に知識の「逆転現象」 が生じている。リーダー層の陳腐化は、日本の危機である。

旧KGBで受けた衝撃

 私は1993年にモスクワを訪ねた。ベルリンの壁が崩壊したのは1989年11月なので、 冷戦が終結して3年経過していた時のことである。

 その時、MBR(旧KGB)アカデミー幹部とのディスカッション中で、 「(私が行く)1カ月前にここに米国からCIAが来て、我々と打ち合わせをした」 ということを聞き、私はたいへん驚いた。冷戦が終わってわずか3年で、 冷戦中は血で血を洗う戦いをしていたKGBとCIAが一堂に会して協力し合っているという状況に大きな衝撃を受けたのである。

 そこで私は、2つのことを考えた。一つは、彼らはなぜそんなに転換が早いのか- それは、情報機関というものが、常に国益を考えているからである。 彼らは命をかけて情報を収集するが、その情報は国益を守るためのものだからである。 もう一つは、冷戦が終わってお互いに最大の目標を失った米国とロシアの情報機関は、 これから何をするだろう、ということである。

これからのCIA情報戦略

 ロシアは旧ソ連の頃、日本と敵対関係にあったので、 日本の政財官界にパイプが少ない。だから日本の組織犯罪を利用して、 政財官界の情報をとったり、日本の国益を損なうような活動をすることが考えられる。 一方、米国は、日本と友好関係が深かったので、各界とのパイプも太い。

 しかし、冷戦の終結は、米国と日本との関係に大きな変化をもたらした。1990年、 日本の経済が世界を席巻する勢いだった中で、 当時のアメリカ国務長官は「冷戦の最中の戦勝国は、日本であった。 この日本を、冷戦後の戦勝国に絶対にしてはならない」と言っている。 1992年、ロバート・ゲイツCIA長官(当時)は、全米に向けたテレビ放送で「CIAは、 これから米国と経済及び技術において競争的な関係にある国の勢力をそぐように活動したい」と宣言している。 日本を名指しにしたわけではないが、 明らかに日本のことを指して言った言葉であることは誰の目にも明らかであった。

 1993年、クリントンがブッシュを「経済」で破り大統領選に当選した。 クリントンは大統領に就任するやいなや、経済情報戦略に向けてNEC(国家経済会議) とNIC(国家情報会議)を創設した。 NICは、大統領の機関であると同時にCIAの下部機構であると位置づけられ、 その議長にジョセフ・ナイ氏、東アジア担当にエズラ・ボーゲル氏をあてた。 エズラ・ボーゲル氏は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者であるが、 日本を“ナンバーワンにさせない”任務につかされたわけである。 冷戦後のCIAをはじめとする米国情報機関の最重要課題は、 米国企業に利益をもたらす経済情報戦略であり、そのそもそもの標的が日本であった。 しかし、こうした米国の動きに対し、日本の政財界の反応は全くなく、 今日に至るもなお極めて無警戒である。

 経済情報戦略の具体的な「成果報告」は、1995年1月、 米議会においてジェイムズ・ウールジーCIA長官(当時)が次のように証言している。 「(要旨)CIAは、わが国の企業についてスパイ行為をしている国や企業、 賄賂を使う外国企業の動きに注意深く関心を払っている。 そして、外国の賄賂が実行されたとき、また、実行される寸前に手を打って、 それによって米国企業に数十億ドルの利益を得させている。」

 この発言を裏付ける報道が、 その4カ月後のイギリス夕刊紙『イブニング・スタンダード』に 「CIAは冷たい戦争から貿易戦争にスイッチしている」との見出しで掲載された。 記事の要旨は「CIAは秘密の衛星アンテナなどで、 外国企業の電話やファクシミリを盗聴している。 1993年にCIAは、51件の外国企業による贈賄を発見して、その結果、 米国企業に65億ドルに値する利益を供せしめた。 現時点では米国企業が手にした利益は、165億ドルに膨らんでいる」

 例を挙げればきりがないが、つい最近では、 日本の2企業が独禁法違反(価格カルテル)で、 米司法省からそれぞれ罰金を支払わされており、そのうち一つの企業は、 約37億円の罰金を支払っている(1998年2月24日付新聞発表)。

 米国の経済情報戦略は、さらにその姿を露骨にしている。 1997年5月のOECD閣僚理事会で、「国際的賄賂防止に関する取り決め」が合意された。 内容は「途上国との取引に贈賄や不正の契約をなくし透明公正にするため、 先進各国の国内法でそれらの国の企業による海外でのこの種の行為を罰するように法整備する」というものである。 これを受け、わが国でも今国会に「不正競争防止法の一部を改正する法律案」 が上程されることになっている。

 これにより世界の貿易は、米国の“情報覇権” の下に委ねられたといっても過言ではない。 なぜなら、途上国で商慣行のように行われているこの種の行為に関する情報を世界的な規模で (電話やファクシミリの盗聴、あるいはおとり捜査によって) キャッチできるシステムを築き上げているのは、米国だけだからである。

 これに加え、情報革命に対する素早い対応が、 21世紀に向けて米国を圧倒的な情報覇権国家にさせつつある。 世界全体を覆う情報インフラの構築、 暗号化などの国際標準についての米国の情報覇権戦略に対して、 日本は大きく遅れをとっている。

コンピュータネットワークに対するセキュリティの確立

 そうした情報革命に伴う状況の急速な変化の中で、 日本企業が何より緊急に対応を迫られているのが、 コンピュータネットワークへの電子的攻撃に対するセキュリティの確立である。

 ご存じの通り、今やコンピュータに対する依存度は急速に高まりつつある。 しかし軍事を始めとする通信・運輸・金融など各種社会システムの電子化、 そしてコンピュータに対する依存度の高まりは、 逆にそれだけそれら電子化の進んだ諸システムへの電子的攻撃に対する脆弱化を意味するのである。 米週刊誌『タイム』(95年8月21日号)は、 「サイバー・ウォー」という特集を組み、 情報革命によってこれまでと全く様相を変える未来戦をシュミレーションしている。

 それは以下のようなものである。まず電磁波攻撃を仕掛け、 銀行のコンピュータシステムを打ち砕く。コンピュータウィルスを電話局に放ち、 電話交換機能ををつぶす。時限式のコンピュータ爆弾を仕組んで、 鉄道など輸送システムを破壊し、交通の大混乱を招く。軍隊に対して、 無線その他の通信システムをジャックして虚偽の指令を流し、無統制にする。 テレビ放送をジャックして、心理戦を展開するという形で相手の国を無力化する。

 この間、1発の銃弾も発射されてない。 少数のコマンドによるゲリラ活動と優秀なコンピュータープログラマーによるハッキングにより敢行できるわけである。 現在、日本は核をもたない。しかし、仮に日本に向けて核ミサイルが発射されたとき、 それを制御するコンピュータに入り込んでいれば、ミサイルの方向を変え、 逆に相手に打撃を与えるということも、あながち夢物語ではないでのある。

東証システムダウンからの教訓

 現在、世界で一番元気なハッカーは、 中国の上海のハッカーとインドのハッカーと言われている。 ただ、こうした愉快犯的ハッカーの特性は、守りが堅い獲物を狙う。 世界で最も厚い壁とされる米国防省のコンピュータシステムは、 世界中のハッカーに狙われていることになる。反面、日本は全く無防備であるため、 愉快犯的ハッカーにとっては、狙ってもおもしろくない獲物ということになる。 しかし、いくら愉快犯的ハッカーにとって興味のない相手であっても、 ビジネスや国家の利益に関われば、話は違ってくる。カネがあって無警戒な日本は、 絶好の標的である。

 1997年8月、東京証券取引所のシステムがダウンした。 バックアップシステムも同時にダウンしたのである。 コンピュータ関連会社のエンジニア達は、 「100%コンピュータハッカーによるものではないと言い切れない」 と異口同音に警告している。だが、日本の政財界の指導者層の危機意識は、 極めて薄い。このような場合には、 システム導入に関わった関係企業を除く第三者による調査委員会を設置して、 原因を徹底究明しなければ、国際的信用は得られない。しかしながら、 このような提言は、経済人、政治家、官僚、 そしてマスメディアからもなされなかった。

 「サイバーテロリズム」は、相手の特定が困難である。だから、 それが国家的意思に基づくものか、 それとも個人的愉快犯によるものか区別がつきにくい。 日本の場合、この種の事件が起こったときに、 どこの官庁がどう対応するのか全く決まっていない。 ハッキングを行った者を誰が究明し、どういう方法で証明し、 どのように処置するのかといった危機管理が全く考えられていない。

情報革命に対する国家的な取り組みが急務

 諸外国では、国家機関も企業も優秀なハッカーを取り込んで、 絶えず自らのシステムのチェックを行っている。 彼らを雇い、自らの機関・企業のシステム攻略を徹底的にやらせ、 それに耐えられるだけの高いレベルのセキュリティ・システムを構築しておかなければ、 世界中のハッカーから身を守ることができないからである。

 情報革命時代における企業トップの役割や問題意識の持ち方は、 従前と全く異質でなければならないことを日本の指導者層は知らなさすぎる。 クリントン大統領をはじめ、ゴア副大統領や企業経営者など、 米国のトップはコンピュータを自分で使いこなし、 重要案件はそのデータに基づいて判断を下していく。 一方、日本のトップ層の人達の多くは、コンピュータを使うどころか、 ワープロさえも触らず、 企業LANセキュリティのような自社の命運に関わる事項でさえも、 部下や技術者任せである。

 日本がインターネットの普及、 情報インフラストラクチャーの構築やセキュリティなど情報革命に対する国家的取り組みが世界と比較して遅れている最大の要因は、 トップが自らコンピュータ社会に飛び込んでいかないことにある。

 クリントン大統領は、1997年2月の年頭教書演説で 「情報化とグローバル経済時代の新たな機会を逸してはならない」と述べた上で、 今後4年の間の最重要課題として 「全ての12歳児がインターネットに接続できるように(する)」 という具体的目標を掲げた。東南アジア諸国でも、情報インフラ整備と併せて、 インターネット社会の構築を急いでいる。マレーシアでは、 マルチメディア・スーパー・コリドー(MSC)構想を、 シンガポールではインテリジェンス・アイランド構想など、 競って国策として打ち出し、既に実現に向けて活発に動いている。

 産業革命に先んじたイギリスが19世紀のリーダーとなったように、 情報革命に先んずる国が21世紀のリーダーとなるだろう。 日本の指導者層が早くこのことに気がついて、 日本を“情報革命をリードする側”に一刻も早く転換させることが、 日本を21世紀のリーダー国にする欠くべからざるキーポイントとなる。  

質疑


日本政府はこうした状況に対し、どう対応しようとしているのか。


国際関係には、表のゲームと裏のゲームがある。表のゲームにはルールがあるが、 裏のゲームにはルールはない。表のゲームとは貿易や外交である。 また戦争もルールがあるから、表のゲームと言えるだろう。 これに反し、裏のゲームは情報機関が主役のルールのないゲームであり、 完全犯罪でパーフェクトにやっていく。人殺しも辞さない。しかし、 日本は裏のゲームに全く参加していない特殊な国であり、やられる一方である。 冷戦の最中は、情報活動は米国に全面的にカバーして貰っていたが、 冷戦が終結して米国の情報機関は方向転換し、 日本経済や日本企業を攻撃目標として認識している。
 冷戦が終わって、もう一つ重要なのは、宇宙関係である。 衛星戦略は米ソの軍事中心の冷戦中とは、全く状況を新たにしている。 日本は資金も技術もあるので、これに割り込んでいく余地はある。 しかし、戦略がない。 今、日本企業は、部分部分では優れた部品や製品の製作で衛星産業に関わっている。 それらを統合し、戦略構築するリーダーシップが必要だろう。 戦略は、政治家等リーダー層が科学技術に精通しなければ生まれてこない。 また、ネットワーク自ら情報機器を使いこなして初めて構築することができる。 インターネットについては、今日にでもパソコンを買い求め、 自宅に置いて取り組んで頂きたい。


組織犯罪防止法で盗聴が問題になっているが、 これについてどう考えるか。


通信傍受ができなければ、 今日申し上げたような世界の流れに対応することはできないだろう。 また、日本の組織犯罪について言えば、暴力団や総会屋といった組織犯罪に対し、 トータルに把握している部門がないのが大問題だ。 だから、冒頭少し触れたが「組織犯罪が日本社会にいかに深刻な影響を与えているか」 について、日本国民の誰も本当のところがわかっていない。むしろ、 外国の情報機関の方が大づかみではあるが、事態を正確に承知していると言える。


戦後の日本は表のゲームも十分ではない。内閣情報調査室は、 外国に要員を派遣できないでいた。表のゲームでさえ、 情報を収集できなかったのである。これについて、どう考えるか。


日本の場合、新聞が大騒ぎしないと危機として認識されない。こうした問題は、 新聞が大騒ぎするには、材料が乏しい。政治家が議論を重ね、問題意識をもち、 方向性を見いだして欲しい。
 日本の場合、国防に関して専守防衛できたが、情報革命下では核ミサイルでさえ、 逆の方向に飛ばすことができる。コンピュータハッカーは、軍事の専門家でもある。 米国防総省などの堅固な守りを突破するには、 軍事に関する知識が必要となるからである。 彼らに「情報革命下における国家戦略」を考えさせるという試みは、 あながち「ブラックユーモアだ」といって笑えるものではないだろう。 優秀なハッカーを政府の側に取り込み、活用することは、 ひとつの有効な試みだろう。


ハッカーに対する対応は、 国内法あるいは国際法で対応できる問題ではないだろう。 それぞれの国でハッカーへの対応を講じていくしかないと思うが、いかがか。


ハッカーとは、いたちごっこでである。ただ守りを堅くするだけでは、 対応できない。こちらの側に取り込み、逆に使うことが必要である。 米国は強大な軍事力を動かす為にコンピュータシステムを使い、 その脆弱性を補うために新しい戦略体制を考えている。日本も、 これからのコンピュータ社会において安全保障をどう考えるか、 という視点で取り組んでいかなければならない。 これまで日本の安全保障には憲法9条の問題があったが、こうした新しい状況は、 米国とは違った日本の安全保障戦略の再構築を迫っていると考えるべきである。


米国の貿易覇権に対して、情報は最も重要な武器だが、 日本はこれから何をすべきか。


米国は盗聴・おとり捜査によって、日本企業の不正をただしている。 そして、結果を出して、それを議会に報告している。盗聴・おとり捜査を行い、 日本企業から多額の罰金を取ったり、日本企業の売り込みを妨害したりしている。 それが情報公開されているものもある。 それでもなお、日本企業はこうした攻撃に無警戒である。


ハイテク分野に対する電子的な攻撃に対する危機管理というお話が中心であったが、 それと同様にローテク分野、 つまりライフラインの危機管理を国として考えておかなければならないと思うが、 いかがか。


日本では、個々の企業レベルでもそういう危機意識が薄い。 米国のように具体的に「12歳児にインターネットに接続できる環境をつくる」 といった国民生活に身近な方策を掲げ、 国民に「世の中が変わっている」という認識を持たせることが必要であろう。

意見

我々は一昨年から衛星の利用について取り組んでいる。 日本は情報収集のための衛星を持つべきだという考えに基づいて、 予算を要求しようという方向で動いている。