情報化社会におけるわが国の課題と打開策(平成10年6月10日)

「第一回 科学技術・情報懇話会」 における講演録です。


科学技術・情報懇話会

メンバー・運営形態

 山崎拓・自民党政調会長を代表世話人、愛知和男・元防衛庁長官を座長に、 国会議員および民間企業を会員として運営。 またオブザーバーとして科学技術・情報に関係の深い各官庁や学識経験者も参加し、 意見交換を行っている。

趣旨

 21世紀において我が国が発展していくためには、 科学技術・情報の発展が不可欠である。科学技術・情報懇話会は、 政産官学の有識者によって高度情報化及び国際化社会において科学技術を中心とした諸般の情勢を研究し、 意見を交換することによって、 来たるべき21世紀の豊かな国民生活と地球環境の保全等の政治課題の解決に資することを目的としている。


演題

情報化社会におけるわが国の課題と打開策

日時

平成10年4月20日(月) 12:00~14:00

会場

キャピトル東急ホテル 日光の間 

講演録

 本日、私は政治家としての立場から、 情報化社会の将来にどういう状況が待ち受けているか、 またそれに対し政治家が何をすべきかという視点で話をさせていただきたい。

 なお、添付資料として『情報通信政策に関する緊急提言』 を配布させていただいた。この提言は、昨年1年間かけて、 冊子に挟み込んだ紙にお名前を載せている専門家の方々と意見交換をしながらまとめたもので、 昨年の12月に総理官邸で橋本首相に提出した。

1. 2つのキーワード-「ボーダーレス」と「スピード」

 昨今の情報化時代を象徴するキーワードとして、 「ボーダーレス」と「スピード」の2つを挙げたい。これに基づいて、 組織改革と意識改革をしていく必要がある。 情報化社会の到来は農業革命や産業革命に匹敵する革命だと認識して、 各種施策に取り組まなければならないと考えている。

a)「ボーダーレス」

 「ボーダーレス」については、総合経済対策を例に取ると、 通産省や郵政省など各関連省庁からそれぞれ提言が出されているが、 それらが一つに連携してはじめて社会にとっての意味を持つと考えられる。 官庁の方々が努力されているのは感じるのだが、客観的に見て、 例えば郵政省が提案しているインフラの基盤であるプラットフォームと、 そのインフラをどう活用していくかという部分が一つのシナリオとしてまとまっていないのは事実である。 これはわれわれ政治家が間に立って連携を図らなければならない点だと思う。
 今後の情報化社会においては、 関係各省庁がきちんと連携しないと何も動いていかない。各省庁間の壁、 ひいてはインターネットに見られるように国家間の壁さえもなくなる 「ボーダーレス」化はだんだん進んでいくだろう。

 さらに、現実世界と仮想の世界の間もだんだん境目がなくなってきている。 映画「タイタニック」の9割はCGを使って撮影されたとのことだが、 見ていてもほとんど現実と区別がつかない。

 そうした状況の中で、施策を行うに当たって何に留意しなければならないか。 よりシームレスな連携を構築するためには、 従来から提言されてきた「各省庁間の連携」より一歩先に進める必要がある。 例えば、予算の要求の際に各省庁から個別に提出するのではなく、 「情報通信はいかにあるべきか」というスキームを一緒に作り、 それに基づいて算出された総額を各省庁の関連部署で配分するなどの改革をしていかないと、 情報通信分野の発展が壁に突き当たるのではないかと懸念している。

 国外との関係はどうあるべきか。今や、一つの国で何かを決めても、 それが機能しない時代になってきている。象徴的なのが法整備で、 例えばサイバースペースに関する税制や法律などについては、 日本国内だけで決めても意味がなく、 インターネットに接続している各国が協定を結んで規則を決めないといけない。 特に個人情報保護に関しては、 我が国でも若手の議員の方々を中心に勉強会が開かれているし、 今年10月にOECDでの国際会合が開かれるなど関心は高まっている。

 また、 パスワードを盗んで本来アクセスできない情報に入り込む不正アクセスに対しては、 先進諸国の中で法規制が整備されていないのは日本だけである。 インターネットの世界は国際協調で成り立っているので、 不正アクセスを行っても日本では罰せられないということになると、 国際捜査上も不都合なことになるため、一刻も早い法整備が望まれる。

 技術面でもボーダーレス化が進んでいる。日本だけ他国と違う規格を使っていると、 国際的な電子商取引の場面で不都合が起こるし、 例えば暗号化の技術が一定の水準に達しない場合などは、 取引から排除される危険性もあるため、技術面の国際標準化が急務になっている。

 国際標準化を進めるに当たっては、基準到達度を客観的に評価する必要性があるが、 日本はこの面でも他の先進国より遅れている感がある。 これは、日本が島国であり、周囲も皆同じ日本人であるため、 異質な他者と基準を合わせるという基本認識が欠けていることが原因と思われる。 日本はこれから、基準や評価ということに関して、 全く新しいカテゴリーを作って整備していかなければならないだろう。

 一方アメリカは、異民族が集って構成されている国家であり、 基準の制定についても世界をリードしている。 同国には基準の設定やそれに対する評価を行う「NIST」という有名な研究所があるが、 これはクリントン政権が多大な投資をして規模を拡大したものであり、 アメリカが科学技術・情報通信大国になった要因の多くがここにあるといってよい。 日本では各省庁間でもそれぞれ違う基準を設けているのではないかと思われる節もあり、 国としての基準設定や評価ができる研究所を作ってほしいと考えている。 省庁再編に続いて国立研究所の再編も行われると聞いているが、 その際には是非こうした研究所を設置してほしい。

b)「スピード」

 ”The fast eats the slow”(早いものが遅いものを食べてしまう)という言葉が、 アメリカの若手エコノミストの間で流行っている。 この言葉は、2年前の「ワールドエコノミックフォーラム」 というエコノミストの世界大会で、会長のシュワブ氏の演説の中で使われた。 従来は、”The big eats the small”(大きいものが小さいものを食べてしまう) 時代であったが、日本ではまだこの古い認識を引きずっているのではないかと思う。
 今後は、いかに早くこの認識を転換できるかが勝負どころとなると思われるが、 そのためには従来型の組織を抜本的に改造しなくてはならない。 民間では既に進められていることであるが、 官界や政界ではなかなか進んでいないのが現状である。情報化の進展のためには、 ヒエラルキーや縦割り、重厚長大といった言葉で体現される古い組織を解体し、 機動的に動ける目的別・横断的タスクフォースを必要に応じて組む必要があると考えている。

2. 国家戦略的思考の必要性

 そこで政治家としては、 国家戦略的に物事を思考し実行していく必要性があると考えている。 日本には、自分の所属している組織の利益を第一に考える風潮がある。 従来はそれが積み上がって最終的に国益につながったのであるが、 現在のようにボーダーレスで回転の速い社会においては、 戦略的に明確なビジョンを立てた上で、 はじめから国益にフォーカスを絞って取り組むという意識変換が必要になると思う。 その際に、各組織で今まで醸成された力をコーディネートする存在が不可欠になるが、 これはまさに政治家が果たすべき役割である。

3. 今すぐ取り組むべき最重要課題

 このような状況の中で、われわれが今すぐ取り組むべき最重要課題としては、 情報に関する安全保障と情報教育が挙げられる。これらはいずれも、 危機が顕在化したときには既に手遅れになってしまうものであるから、 政治家はこれらの問題を前倒しでキャッチし、取り組んでいかなくてはならない。

a) 情報安全保障

 情報安全保障は、大きく3分野に分けられる。 まず1つ目はコンピュータ・セキュリティ対策である。 これはコンピュータ犯罪に関わるもので、国家安全保障の面ではサイバーテロ、 また電子商取引の分野ではコンピュータ詐欺などの問題がある。
 2つ目に、これは特に強調したい点だが、内閣の情報機能強化が挙げられる。 各省庁別ではなく、国家戦略的に施策を進める時代になると、 内閣の機能をよほど強化していかないと、実効性のある施策は実現しない。 今までその必要がなかったためか、内閣の情報収集・分析能力は脆弱で、 人も予算もない中で苦労しているのが現状だ。詳しくは小冊子に書いたが、 一刻も早く内閣情報調査室の抜本的見直しを図り、 諜報機能を国としてきちんと位置づけていくことが必要であろう。

 3つ目は、防衛の高度情報化であるが、実態は計画どおりには進んでいないようだ。 陸・海・空の三幕間における防衛情報のシームレス化が遅れているという指摘もある。 実施に当たっては、組織的に壁を取り払うのみならず、 意識面での改革も必要であろう。これが進まないと、米軍との連携も図れない。 米軍との連携を図る上で重要なC4I計画の早期実現も図っていただきたい。

 情報収集衛星の配備の問題もある。非常に難しいことは分かるのだが、 自前の衛星を持たないと他国からの遅く(値段の)高い電送写真を買い上げなければならず、 しかも本当に必要な情報が入手できるかというと大いに疑問である。 この状況を放置していること自体が、危機と言って過言でないと思う。

b) 情報教育

 情報教育とは決して、キーボードを上手に打てるようにするということではない。 なぜ子供たちをコンピュータに、 それも最新機種のコンピュータに触れさせなければならないか。情報化社会とは、 全世界とリアルタイムに連絡が取り合える社会であり、 また現実と仮想の間の壁も取り払われていく。そこには無限の可能性があると同時に、 無限の危険性も潜んでいる。こうした時代を生き抜く力は、 従来の社会を生きてきたわれわれには想定できないし、与えることもできない。 われわれに唯一できることは、 一刻も早く最新のデジタル環境に子供たちを置いてやって、 彼ら自身にそうした力を身に付けさせることである。そういう訳で、 教育現場への情報環境の整備は一刻を争う問題であり、 今回の総合経済対策で何としても推進していただきたい。 特に、文部省の対応の仕方次第では手遅れになりかねない。

4. 「国家情報戦略本部」の設置

 今まで申し上げてきたようなことについて、 統一的に監督し方針を立てていく組織が必要である。 仮に「国家情報戦略本部」と名付けたが、情報化社会特有の状況について、 諸外国の最新情勢も見据えながら、国としての戦略を練る組織の設置を提言したい。 これも小冊子の方に1章を割いて述べているので、 詳しくはそちらを読んでいただければと思うが、 内閣官房に総理指名のメンバーによる組織を設置するというものである。 しかし折角組織を作っても、総理の権限自体が今のままでは、 実効性のある施策の実現は難しいと考えられるので、 大前提として総理自身の権限の強化が必要になるだろう。

 結論としては、はっきりした提言が打ち出せず恐縮だが、 情報化に伴った組織革命および意識革命が必要になるため、 そうした方向性に基づいた施策を私自身も含め、 政治家こそが中心になって推進して行くべき時代だと考えている。

Urgent Recommendation Regarding Information Infrastructure Strategy

Member of the House of Councilors, Kei Hata offered this urgent recommendation directly to Prime Minister Ryutaro Hashimoto on 8th December 1997.

The contents are a result of weekly meetings since the end of May with experts from various fields sharing a sense of risk and separate focus meetings with the individuals listed below. Member of the House of Councilors, Kei Hata expresses her gratitude for their efforts.

Although this recommendation is based on the opinions of experts, the text of this report was prepared by member of the House of Councilores, Kei Hata who shall take final responsibility for the content.


experts who offered the opinions for preparation of this recommendation

Kensuke EBATA Military commentator
Hiroshi HARASHIMA Professor, The University of Tokyo
Joichi ITO President, Digital Garage Inc.
Kengo KUMA Kengo Kuma & Associates
Jirou MAKINO Attorney at law
Seigou MATSUOKA President, Editorial Engineering Laboratory
Jun MURAI Professor, Keio University
Hajime NOMURA former Mitsubishi Corporation
Yoshio OMORI ex-Director General, Cabinet information research office
Atsuyuki SASSA ex-Director General, Cabinet office for national security affairs and crisis management
toshiyuki SHIKATA Professor, Teikyo University
Jitsuro TERASHIMA Mitsui & Co.,Ltd.
Toshihiko YAMAMOTO President, Bear Stearns(Japan),Ltd.

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