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「政治と経済」,23巻5号,政治と経済社
「政治と経済」
23巻5号
政治と経済社



キャスターを辞め目指すはマルチメディア議員

 とても論理的、かつ、率直な人である。ある意味“不器用”とも映る率直で歯にきぬ着せぬ物言いは、時には、日本の社会の中では反感や誤解を招くこともあった。NHKの7時のニュースの花形キャスターを経て政界入りした畑恵さん。「女性政治家登場」第2回目は畑恵さんをゲストに迎え、華やかなキャスターという職を捨て、政治家を目指すようになったきっかけから新進党の離党理由。さらには友部議員の不祥事についてまで、その胸の内をうかがった。

情報の過疎地 国会・永田町

 畑恵さんの議員部屋に入ると、まずイスに座って目の位置の高さにくる神棚と、机の上のコンピューターが目に飛び込んでくる。

 「これを、私の議員部屋での“三種の神器”と呼んでいるんです。1つはコンピューター、2つめはフランスの現代絵画、そして3つめが、この伊勢神宮の神棚なんです」。パソコンを打つ手を休めて、そう語りかける畑恵さん。

 「神棚を高く祭りあげて、崇めたてまつるっていうのは何か違うかなーという思いがあって。自然全体の神様がそこに一緒にいてくれるっていう感覚の方が私は好きなんです。これら3つのものが自然にミックスされてあるというのが自分としてはとても心地いい状態なんですね」

 畑恵さんは、平成7年7月、文化省の設立をはじめとする文化政策の拡充をスローガンに、初当選。現在国会のマルチメディア化を進める「参議院マルチメディア化推進議員懇談会」の事務局長も務める。

 “マルチメディア”を切り口に様々な政策を行なっていきたいと現在奮闘中である。

 「“マルチメディア化”という意味では永田町が今、一番情報過疎になっているので、懇談会を作って、参議院をまずネットワーク化し、国民の皆さんからもインターネットを通じて意見をくみあげていこうと思ってるんです」

 議員会館の各議員の事務室は狭く今のところコンピューター端末すら設置されていない状況だという。その上、議員個人でパソコンを購入しても国会内では、衆・参両院ともそのLAN構築はほとんど成されていないので、国会会議録や両院に付属

した調査室の資料を検索できるわけでもないし、既にネットワーク化がほぼ完了している各省庁の「霞ケ関WAN」と結んで資料の閲覧や請求が出来る訳でもない。

 そこで、畑さんは国会と衆議院、参議院そして、国会図書館をコンピューターで、オン・ライン化することを目指して同議員懇談会の設立を提唱したのだ。

 「いい意味での私は“マルチメディア族議員”になりたいっていう思いがあるんです。行革のこの一風の中で、その族議員というのをいかに取りつぶすかっていうのが問題になっていますが、 私は反対に、良質な族議員がまさに今、必要だと思うんです」

 これまで族議員と言えば自分の私腹を肥やしたり、地元の利益を優先する議員のことを指していたが、これからの議員は“国益”や、“地球益”を守るための族議員になる必要があるというのが畑さんの意見だ。

 しかしなぜ、畑さんは、マルチメディアに着目したのだろうか。

 「日本は国土も狭いですし、資源もない国ですから、これからも経済的な部分でイニシアチブを取って、世界に認識してもらわなければならない。そのために、どういう産業を持つかというと、これはもう情報通信しかないんですよ、日本には。そこで、マルチメディアにどれだけ力がいれられるかっていうことが日本の生命線になるんですけども、なかなかそこまでの認識が、今の日本人にはない。技術開発力の分野でも、今まで規制がかかって世界のスタンダードになる様な研究開発をあまりしてこなかった。せっかく作れるだけの力があるのに残念なことです。公共投資でも全体で1割減と今、言ってますけれども、これからの日本の目玉は情報通信分野であるという事には誰も異論はない訳ですから、そこには重点配分して伸ばしていくことが必要になってくると私は考えているんです」

 マルチメディア。この言葉を聞かない日はないが、実際に理解している人はごく少数である。

 「新聞など開いてみても、どの面にもインターネットの記事が載っているんですけれど皆さんの理解度とか認識っていうのは必ずしも高くない訳です。そういう中で自分としてはなるべく皆さんに食わず嫌いをやめて頂きたい。そのためには、国としてのバックアップもどうしても必要ですから、マルチメディア社会の推進のために、法や社会基盤を整備していきたいと思っているんです」

 ところで畑さんはなぜキャスターを辞め議員になったのだろう。

 「NHKを受験した時は、自分がテレビに出る人間になろうとか、なれるという思いは全くなかったんですね。ディレクター志望でドキュメンタリーを作りたかったんです」

 ところが配属はアナウンス室。そこで、NHK開局以来、最年少で7時のニュースのキャスターに抜擢された。

 人もうらやむ、華やかな職業である。称賛の声なたくさんもらった。

 しかし、いつも、心は浮かなかったという。本当の自分とはかけ離れた「7時のニュースのキャスター・畑恵」という虚像がどんどん、一人歩きしていく感じだった。

 「人からは、うらやましがられる仕事ではありました。でも、これが私の本当にやりたい天職ではないという事だけは、だんだん、はっきりしていったんです」

 「仕事と自分のマッチングって、ある意味、結婚相手を探すのと似ていると思うんです。三高って言うじゃないですか。背が高くて、学歴が高くて、年収が高い男の人を。でもその相手を好きになれなければ仕方がない。私にとって、NHKのアナウンサーのお仕事はまさに、三高だったんですね」

 “自由と危険”“保護と束縛”はコインの裏表である。

 NHKを受験する時も、フリーランスになる時も、自問した。

 果たして、自分は、どちらの生き方を選ぶ人間だろうかと。

 その結果、出た結論が「ハイ・リスク、ハイ・リターン」型人生を自分は好むタイプの人間だということだ。何かに挑戦している時のヒリヒリとした感覚や、乗るかそるかという緊張感が、生きてる実感といえるようなところが、特に若い頃はあっ たという。

 NHKを辞めフリーランスになることを選んだ。「でも、フリーランスになって、自分個人の意見が言えるようになったかというと、そうではなく、番組の意向、局の意向などの制約があって、結局、自分の意見は言えなかったんです」

 フリーランスになったとはいえ、仕事内容は今までとあまり、変わらないものだった。日を追うごとに、募る焦りと、不安。「この仕事は自分の天職ではない」。そのことだけが、鮮明になっていった。

湾岸戦争を機に キャスターを辞職

 そんな、忸怩たる思いに、拍車をかけたのが、湾岸戦争だった。

 「当時、報道テレビ番組のキャスターをしていて、毎日曜の朝、閣僚級の方々の討論を目の前にして聞いていたんです。日本は資源のない国だから石油がなければ一日だって生きてはいけない国なのに、その時に話し合われていたのは、どこからどこまでが後方支援かなどという、本質とは掛け離れたことばかりで、具体的な話が全然、進まないうちに戦争が終結してしまったんです」

 援助金の額の多い少ないが、問題なのではない。例え、出す金額が少なくても、自分の国のポリシーや、ビジョンさえはっきり表明できていれば、世界から、“顔の見えない日本”と言われることもないだろう。

 しかし、このままでは、早晩、日本は世界の孤児になってしまう。そういう、失望感が大きかった。

 そこで何か1つの切り口から、この国を論じたいと思い、フランスに留学。そこで、文化政策や美術史を学ぶ。

 「初めて海外に暮らして実感したんですが、フランスで日本人のイメージといったら思い浮かぶのは車や電気製品ぐらいで、これではダメだと思いましたね。日本の文化が海外まで伝わっていないと。例えば、昨年、フランスは核実験を続行して、物議をかもしましたが、フランス人自体に対する評価や、フランスという国家のステイタスの高さは変わらなかった。それは、フランスの持っている文化が世界中に発信されて認知され尊敬を受けているからなんです。日本で安全保障っていうとすぐドンパチ起きた時にどうするかという議論になる。それを考えるのも、もちろん大事ですけど、それは最終的な局面であってその前にいかに戦争まで持ち込まないようにするかっていうことが一番大事な訳ですよね。その為に他国は、大変な費用を文化にかけてる訳です。自分の国はこういう国ですから理解して下さいと。友好関係を密にして、情報をお互いに送りあえば、誤解も生じないし、そういうことによってお互いに信頼関係を深めていけば戦争も起きないし、もし何かあったとしても支援してくれる仲間がたくさんいる訳ですね。ところが日本にはそれがないから些細な事でもネガティブにとりあげられたら、やっぱり日本っていうのはあんまり好きになれない国だとなっちゃう。情報発信を日頃から積み上げて、日本っていうのは、素敵な国だなーとか、一度行ってみたい国だなーと世界の人たちに思われたらそれは、強力な総合的な安全保障なんですね。私が捉える文化政策っていうのはただ単にもっと音楽を聴きにいきましょうというのではなくて、あくまでも「戦略的な文化政策」で「総合的・平和的な安全保障」なんです。

新進党を離党 その胸中は…

―新進党、離党騒ぎについては?

 「新進党では、あらゆる面でシステムが構築されていなかった。18兆円減税の公約にしても住専の座り込みの続行にしても、どこで誰が何を決めているのか皆目わからない。議員がわからないんですから、国民の方たちにも説明の仕様がないんです。こんな状態では私が国民の皆さんに宣言した公約を議員として果たせないと判断したんです。自民党では毎朝、8時からの各部会で、私のような若手の駆け出し議員でも発言の機会が与えられるし、いい意見であれば、採用してもらえる。その1つが、国会のマルチメディア化です」

―友部議員の不祥事についてご意見がありますか?

 「まずその人となりを見て、常識的に判断をすれば私は絶対に友部さんっていう人はエントリーされなかったと思うんです。とにもかくにも、友部氏を国会議員にしたのは新進党という政党です。国民は何のチェックもできない訳ですから、一体、誰の責任で、どうしてそういう事が起きて、どうすれば二度とそういう事が起きないかということを、国民に対して示し、その責任の所在を明確にしない限り、新進党というのは政党として機能できないと思う」

―息抜き法は?

 「神社仏閣巡り。神社にも柑性ってあるんですよ。伊勢神宮が私には一番合いますね。すごく滑らかな気持ちになれて魂の洗濯になる。人間って自分が自分の運命を全部動かしていると思うとすごくしんどいですよね、先はどうなるか分からない訳ですから。でも、そういう場所に行くと、とりあえず今、一生懸命やっていれば、何かしら次の流れを自然というか神様が用意してくれてるだろうと感じることができる。そういう気持ちになれるので神社が好きです」

―結婚観は?

 「これはずっと、今日にでも明日にでもと言いつつこの年になってしまって。今、仕事としては天職というか、本当に何をやってもやりがいがあって、すごくハッピーですから。前の仕事の時は仕事なんて今日にも辞めて結婚しますなんて言ってたんですけど、今は、そうは言わないですね。子供は欲しいので何とかしたいところです。ここの所は文字を大きくしておいて下さいね(笑)」

 やっと天職をみつけたという畑さん。今後、マルチメディアを窓口にして文化政策や安全保障など、様々な政策を実現させていきたいと燃えている。



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