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作新学院新聞 − 168号



 卒業を迎えられる皆さん、誠におめでとうございます。また、そうした皆さんの成長を見守り、支えてこられたご家族の皆様、心からお慶び申し上げます。

 昨年暮れより、ふつつかながら副院長の重責を担わせて頂くこととなりました者として、また皆さんの日々の安寧を託されている一国会議員として、卒業されるお一人お一人がこれから歩まれる人生が、充実し輝きに満ちたものであることを何より願ってやみません。

 ただ残念なことに、学院一同がどんなに頑張ったとしても、皆さんに「ハイ、これが幸せですよ」と、既成の「幸福」を一律に与えられるものではありません。いえ、学院だけでなく、あなた以外の誰一人として、あなたを幸せにする力を持っている人はこの世にいないのです。

 なぜなら「幸せ」の形は、人それぞれ皆、違うからです。

 高校生活を終えるまでの皆さんの人生は、日本の教育システム上、たとえ個性を重んじる作新学院の中でさえ、恐らく限られた幾つかの尺度で測られる機会が多かったと思います。それによって、時には窮屈な思いをした生徒さんも多分いらっしゃったのではないでしょうか。(少なくとも私は、かつて随分とそんな思いをしました)ただこれからは、数え切れないほど様々な物差しで、皆さんの能力や可能性が評価されます。学校教育という枠組みの中では、評価されなかったり、むしろマイナスとされた自分の個性やパワーが、プラスとして生かせる場面が必ず現れます。是非その力を十二分に活かして、自分の手で、自分なりの幸せをつかみ取って頂ければと思います。

 人は皆、それぞれ何かしらの役目、ちょっと大げさな言葉で表現すれば「使命」を担って、この世に生まれてきているのではないでしょうか。皆さんが持って生まれた自分の力を存分に活かすことができれば、誰でも必ず世の中であなたにしかできない大切な仕事をすることできます。人が自分の人生を幸せと感じられる瞬間とは、この自分の力を存分に活かして、世の中のために何か役に立っている時だと、私は思います。

 最近、怠けて遊び呆けたり、他人の迷惑も顧みず目立とうとしたり、自分のわがままを通そうと他人を傷つけたりする若者の言動が毎日のように報じられます。こういう人たちは、自分が何をしたら本当に幸せか、突き詰めて考えてみたことが無いのではないでしょうか。これをしなさいと大人に言われるからするとか、これはしてはいけないと言われるからしないのではなく、自分がしたいことを実現して幸せになるためには、一体何をすべきで、また何はすべきでないかと考え、行動すれば、その生き方こそが幸せへの一番の近道だと思うのです。

 指導をしてくれる先生や大人がいなくなるということは、社会に対しても、また自分の人生に対しても、それだけ重い責任を皆さん自身が担うということに他なりません。以前ほど窮屈な思いをしない代わりに、もう上手く行かなかったとしても、誰のせいにもできません。自由になるということは、実はとてもしんどいことだということを、卒業される皆さんはこれから身をもって学んで行かれることでしょう。

 でもそのしんどさこそが、あなたなりの幸せへのパスポート。自由になった翼を思い切り羽ばたかせて、存分にあなたらしく、悔いの無い人生をどうか送ってください。


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