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作新学院新聞 − 166号

「御入学をお祝いして」



 新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。又、これまでお子様方の成長を見守ってらっしゃった保護者の皆様にも、心よりお慶び申し上げます。

 縁あってここ「作新学院」で学ぶこととなられた皆さんには、是非とも充実した高校生活を送って頂きたいと、心から願っております。人間の一生の中でも、これから皆さんが過ごされる三年間というのは、心も頭も身体も著しく発達する時期にあたります。特に、心=精神や感受性といった面では、この三年間を土台にして、その後の人生がスタ−トすると言っても過言ではないほど、重要な時期にあたります。

 どうぞ沢山の本を読んで、時の流れに耐えて磨かれた先人の智恵や文化をどんどん吸収して下さい。読書だけではありません。あなたの心の琴線に触れることならどんなことでも、美術でも音楽でもスポ−ツでも積極的に、自分の納得が行くまで取り組んでみて下さい。

 そうしている間に、皆さんは少しずつ、“自分という存在は何であるか”を考え始め、“何の為に自分が今、こうして生きているのか”を自分自身に問い、自分の人生の意味
を見出そうとすることになると思います。ただ、このような言わば「自分探しの旅」は、人生にとって最も大切なプロセスであると同時に、とても辛い道程でもあります。

 そもそもこの世というものは、きわめて不条理に、つまり筋が通らぬようにできています。多くの善行を積み重ね、周囲から深く愛されたような人物が、ある日突然、事故や病気で命を落としてしまうこともあります。真理を見抜き、正義を貫いた人物が、日和見やねたみや弱さに操られた大衆によって抹殺されてしまうこともしばしばです。

 恐らく皆さんも、懸命に努力したのにちっとも報われないと悔しがったり、他の人と比較して自分は恵まれないと嘆いたりする場合も数多くあるでしょう。ただいくら嘆いたとしても、各人に与えられた「運命」というのは、決して変わるものではありません。ましてや、望まない運命から逃れたからと言って、何の解決にもならないのです。

 人間にとって唯一できること−それは天から与えられた「運命」、あるいは「役割」を潔く引き受け、果敢に瞬間々々を生き抜くことだけです。しかし、そのことによってのみ、人は自分の人生に必然性があること、つまり「意味」があることを感じ取ることができるのだと思います。

 となれば、努力もしない安易な人生を送っていて、人生の「意味」を感得することなどできはしません。むしろ乗り越えるべき苦難が大きければ大きいほど、その人の人生は意義深いとも言えましょう。

 順調に物事が進んでいる時は、周囲の人々に感謝し、苦難がふりかかった時は、これぞ神の恩寵と思い天に感謝する。決してたやすいことではありませんが、それができれば皆さんの人生は必ずや充実したものになると思います。


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