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ホテル(ザ・ウオッチャ−ズ)



 政治家になる前の数年間、パリのサンジェルマン付近に2年半ほど住まっていたことがある。

 この辺りは「フィガロ・ジャポン」や「マリ・クレール」などの女性誌で定期的に特集される、いわゆる「小粋」で「泊まってみたい」プチホテルが目白押しの界隈。確かに評判のホテルは、どれも実に個性的で魅力的だが、しかしホテルとして客観的に採点した場合必ずしも高得点を獲得するとは思えないところも数多い。

 第一に、料金の割に総じて部屋が狭い。殊にベッドが小さいことが多い。

 第二に、往々にしてホテルマンが冷たく、なんとなく小馬鹿にされているような気がして不愉快。

 第三に、水周りが不便。シャワーを使おうとするとそこら中水浸しになってしまったり、バスタブになかなか湯が溜まらなかったりする。

 とまあ、色々と問題はあるのだが、それでもやっぱりパリのホテルには何にも代え難い魅力がある。決してオールマイティではないのだけれど、これだけは譲れないとこだわっている、その深さには胸を突かれ、完膚なきまでに脱帽させられ、要するにはまってしまう。

 貫いている美学、とでも言うのだろうか。その美学の結実をともに享受したいと望むのなら、少々の使い勝手の悪さに不平をこぼすことなど、そちらの方が余程恥ずかしいと思わせられてしまう何かが、そこには潜んでいる。

 従ってパリのプチホテルに泊まるのであれば、こうした使い勝手の悪さにこそ歴史と伝統の重みを感じ、こじんまりとした空間の使い方にパリの人々ならではの磨き抜かれた智恵とセンスを読み取り、そしてホテルマンの冷やかな個人主義にクールで自由な大人の人間関係を学んでこそ意味がある。

 一言で言うなら、「恋人」のような感覚で付き合うのがパリのプチ・ホテルで、そりゃあこんなに魅力的なんだから身持ちが多少の難は付き物よねと何事も寛大に受け止められないと、パリのホテルとは上手に付き合えない。

 一方日本のホテルはと言えば、これは圧倒的に「夫」にしたいタイプ。

 使い勝手が良くて、清潔で、インテリアもそこそこオシャレで、備品の種類やクオリティも優れており、ホテルマンは親切できびきびと良く働き笑顔を絶やさない−実に総合点が高く、優等生。然るべき料金を支払えば、まず眉を顰めるような事態にはそう出くわさないで済む。

 それはそれで誇るべきことなのだが、時には客が少々の我慢をしてもなお泊まりたいという気になるような、骨のあるホテルに日本でも出会ってみたいと思う。

 こんなホテルの客としてふさわしい人間になりたいと、人生の励みになるようなホテルが増えることを心から祈っている。


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